【第6章】少女の休日 (8/8)【家路】
【申出】←
「んん……むにゃ」
まどろみのなかにいた少女は、心地よい倦怠感を覚えながら、まぶたを開く。自分が、誰かにおんぶされていることに気がつく。
「わあ……っ。お兄ちゃん、だあれ?」
少女──ララは、寝ぼけ眼で自分を背負う背中に問いかける。
「フロルって少年に頼まれた。お嬢ちゃんを、街まで送ってほしい、ってな」
「そっか……そういえば、フロルくんに、ちゃんとお礼言ってなかった……」
ララは、眠たそうにまぶたをこする。
「眠っていても、いいぞ」
「うぅん……だいじょうぶ。もう、夕方かあ……」
ララは、首を横に向ける。自分を背負う青年は、麦畑のなかの道を歩いていた。
「……きれい」
オレンジ色の夕陽が、麦の穂を染め上げ、さながら、あたり一面が、黄金のじゅうたんで敷き詰められたかのような光景が広がっている。
「あんなところに、一人で行くと危ないぞ」
「うん……今度は、おじいちゃんと一緒に行くね……」
ララは、口元を手でおさえながら、あくびをする。
「……ララのおじいちゃんはね……とっても、すごい人なのよ」
「そうか」
それから、ララを背負った青年は、しばらく無言で歩き続けた。やがて、遠くに都市部の外壁が見えてくる。
黒髪の青年は、背中の少女を道のうえに降ろす。ララは、自分をここまで運んでくれた青年を見上げる。
「俺の見送りは、ここまでだ。一人で街まで戻れるか?」
「うん、だいじょうぶ……」
少女の返事に、青年はうなずく。そのままララを置いて、都市とは真逆の、夕陽が沈む方向へと歩いていく。
「ありがとう、お兄ちゃん……またね。フロルくんにも、よろしくね」
ララは、青年の背中に声をかける。都市の外壁を見て、ふたたび青年のほうに向き直ると、そこにはもう、誰もいなかった。
少女は、一人で、グラトニア・リゾートに向かって歩き始める。夕陽が赤く染まり、空の蒼が暗くなり始めるころ、ララは都市の正面ゲートへたどりつく。
「ララ!」
聞き慣れた声が、少女の名を呼んだ。正面ゲートの前には、白衣を身にまとった白髪のかくしゃくとした老人が立っていた。
白衣の胸元に止められた金色のプレートが、夕陽の名残を反射する。
「おじいちゃん!」
少女は、白衣の老人のもとに駆け寄る。老人は、少女を抱き上げる。
「無事に帰ってきてくれてよかった。心配したんだぞ?」
「んん、ごめんなさい……おじいちゃん」
「いいんだ。こうしてちゃんと、戻ってきてくれたんだから」
「うん……あのね、おじいちゃん。ララね……すごい大冒険だったんだよ」
少女の言葉を聞いた老人は、にいっ、と笑ってみせる。
「そうか! 夕食をとりながら、このワタシにたっぷりと聞かせてくれるかナ」
「うん!」
周囲の麦畑は、すでに夕闇のなかに沈んでいる。少女と老人は、ゲートをくぐり、人工的な灯りが輝きはじめた都市部へと戻っていった。
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