【第6章】少女の休日 (6/8)【標的】
【偵察】←
装甲バギーを走らせながら、トゥッチは、無人機のカメラで目標座標の周辺地形を精査する。
なだらかな丘陵地だ。上空からでは影になっていてよく見えないが、人の動きから推測するに、地下に穴を掘って、拠点にしている可能性が高い。
「ほ……っ?」
トゥッチは、興味深げに声をこぼす。バギーに先行した集まったドローンの一機に向かって、男の一人が何かを構える。
望遠カメラで、地上の男を拡大する。手にしているものは、狙撃銃だ。指向性マイクが、銃声を拾う。
ドローンの一機を、銃弾が貫く。フレームがひしゃげ、カメラが砕け、取り付けられた風船が破裂する。次の瞬間。
しぼむ風船の内側からから、質量体が膨らんでいく。見る間にそれは、灰色の巨大な石柱へと姿を変える。
「ハッハァ! ハメ殺しだ!!」
バギー車内で、トゥッチが歓声を上げる。断面の直径が10メートルはある石柱は、まっすぐ狙撃者に向かって落下し、押しつぶす。
「『質量煙霧<エアロマス>』だ、これがな!」
トゥッチは、ドクターから譲渡された最新試作装備の名を叫ぶ。ボンベに充填され、風船を膨らませた漆黒のガスの呼称だ。
『質量煙霧<エアロマス>』は、通常の大気成分と反応することで、保存則を無視して質量を具現化する。
ユグドライトを気化し、質量のみを異なる次元世界<パラダイム>から召喚する──と、ドクターは原理を解説していた。トゥッチには、興味がない。
エージェントであるトゥッチにとって、重要なことは運用法だ。ドローンとの併用で質量兵器として使える、と目を付けていた。
「いけるぜェ! このまま、レジスタンスどもをハメ殺しだ!!」
石柱の落下を受けて、慌てふためくレジスタンスの狂騒をドローンたちが見下ろす。哀れな反逆者たちは、丘陵の影へと駆けこんでいく。
ゲラゲラと哄笑するトゥッチを乗せた装甲バギーは、陣地として改造された丘の手前300メートルで停車する。
「さぁて。どうハメ殺してやるか、これがな……んん?」
トゥッチは、タブレット型デバイスをのぞきむ。無人機の空撮カメラが、接近する新たな人影を捉えている。
「レジスタンスの増援……? にしては妙だ、これがな」
ドローンの映像を拡大し、接近者の姿を確認する。黒髪の男だ。風貌は、グラトニア人らしくない。妙に軽装で、銃器で武装している様子もない。
そして、ただ走っているだけだというのに、妙に足が速い。このままでは、一分とたたずにトゥッチと会敵する
「おれっちのバギーに併走できそうな速度だ、これがな……脚部を機械化でもしているのか? まあ……いい」
トゥッチは、装甲バギーのコンソールパネルを開く。自動操縦プログラムを起動し、自分はタブレットデバイスを抱えて運転席から降りる。
装甲バギーは、トゥッチが下車してから五秒後、レジスタンスたちの陣地である丘陵に向かって走り出す。
慌てた反逆者たちが、ライフルを銃弾をバギーに乱射するが、装甲を貫くには至らない。バギーは、丘陵地の影に吸い込まれていく。
「順番に、ハメ殺しだ」
装甲バギーは、地下陣地の入り口に突っこむ。衝撃で車体のフレームがひしゃげ、助手席に固定されたボンベが破裂する。
『質量煙霧<エアロマス>』があふれ出し、丘陵地の根元から、灰色の石柱がでたらめに生えてくる。
「まずはよし、これがな」
敵拠点の内部構造もわからずに突っこませただけだ。破壊できたのは、入り口付近だけだろう。それでも、当座の無力化には十分だ。
というよりも、奥まで破壊してしまっては、まずい。レジスタンスに誘拐されたララが、内部にいる可能性は低くない。
「お嬢の身になにかあったら、怒り狂ったドクターに、おれっちがハメ殺しだ。モルモットにまわされるのは勘弁だぜ、これがな」
身震いしたトゥッチは、タブレット型デバイスを手にして、第三の接近者に向き直る。100メートルの距離をとって、相手が足を止める。
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