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2014年10月の記事一覧
小説 人蟲・新説四谷怪談〜五十二
「親父、伊藤又一は偉大な政治家でした。実行力、決断力、交渉力、政治家に必要な能力は全て持っていました。しかし…。その反面。人間が持つべき倫理や道徳はなにひとつ持っていませんでした。欲しいものは全て手に入れる、そのためには手段も選ばず、常識も省みない、そんな酷薄な男でした…。」
忠彦は悲しげに伊一郎を見て、小さく溜息をついた。
「伊一郎の実の父親である佐藤直助さんも、親父の欲望の犠牲者のひとりで
小説 人蟲・新説四谷怪談〜五十三
「さて。」
玲子は、視線を白いワンピースに向ける。
「小岩さえの幽霊さん。いや、もう本名で呼ぶわね。
秋山袖美さん。
あなたをそう呼んでいいかしら。」
白いワンピースの女は玲子の問いかけに瞬きひとつせず無言で報いた。
玲子は苦笑した。
そして屹と白いワンピースの女を見据えた。
「じゃあ、勝手にあなたを秋山袖美さんとして呼ばせてもらうわ。あなたは、小岩さえの思惑通りに役目を果たしてき
小説 人蟲・新説四谷怪談〜五十四
「終わらすだけ?」
玲子はその言葉に鋭い痛みを感じた。
「そう…終わらすの。この呪われた血をね。ここで跡形もなく。」
凄惨な笑みを白いワンピースの女は浮かべた。
「伊藤又一の血を享ける者は全てこの世から消さなければならない。
あの悪魔の血は一滴たりとも残してはいけない。」
それは血が凍るような冷たい笑みだった。
「伊藤忠彦よ。まだ…。おまえはまだ、おまえの父親の本当の姿を知らない…。」
小説 人蟲・新説四谷怪談〜五十五
「左様か。田宮伊右衛門とその妻女は実の兄妹であったということか。」幕府側用人柳沢吉保は自身の邸宅の奥の間にいた。
江戸を襲った大雪は去り、冷たい冷気は張り詰めていたが、その冷気を縫うように太陽の光が差し込んでいる。
「それにしても十兵衛。傷は大事ないか。」
吉保と向き合っていたのは、三宅十兵衛であった。
十兵衛は左眼を白布で包んでいた。
そこには血がまだ滲んている。
左腿も同じように白
小説 人蟲・新説四谷怪談〜五十六
「宅悦は按摩になり、静かに暮らしておったそうです。腕も良く評判の按摩でござりました。田宮又左衛門とは時々、按摩と客として会っていたようでございますが、娘、岩には田宮家を立て親子の名乗りをあげなかったそうにござります。そのこともあって、岩は、田宮家の実の娘と信じこんでいたようにござりまする。」
吉保は息を呑んで十兵衛の話を聞いていた。
単なる後日談ではないものが十兵衛の話の裏にあるのは明白であっ
小説 人蟲・新説四谷怪談〜五十七
「忠兵衛の妹、梅が伊右衛門に惚れてしまったのでございます。梅は伊右衛門と岩が兄妹であることを宅悦から聞いていたと思われます。伊右衛門に対する思慕のあまり、岩にそのことを告げ、身を引かせようと致しました。伊右衛門が申すには、ある祭りの夜、岩が梅と宅悦と出掛けた後、岩が伊右衛門に離縁を迫ったと申しておりました。」
「伊右衛門は自分と岩が兄妹であることは知らなかったのか。」
「最期まで知らなかったよ
小説 人蟲・新説四谷怪談〜五十八
あの暑かった夏が懐かしかった。
11月を過ぎ、秋が深まり、冬がもうそこに迫ってきていた。
今年は残暑が厳しかった分、冬の冷え込みも厳しいのではないかと思われる。
本所の秋山鉄工の地下室で起こった禍々しい事件から、早いもので2ヶ月が過ぎようとしていた。
玲子の推理通り、白いワンピースの女は秋山袖美であった。
袖美の住んでいたマンションから採取した指紋と遺体の指紋が一致したのだ。
秋山袖美
小説 人蟲・新説四谷怪談〜五十九
「…ひとつ気になることがあるんだが…。」
勝が玲子に向かって言った。
「何?」
玲子が勝に尋ねる。
「伊一郎が袖美を刺した時、袖美は伊一郎に何か言ったよな。そのあと、その言葉に対して伊一郎が「ごめん」って言ったような気がしたんだが…。中津川は聴こえてたか?」
「聴こえてたわ。」
玲子は頷いた。
「最初に袖美が伊一郎に言ったのは「ありがとう」。それに対して伊一郎が言った言葉が「ごめん」
小説 人蟲・新説四谷怪談〜六十
「…そこでもうひとつわからないことがあるの…。」
「なんだ。」
「梅子なのよ。」
「梅子さんがどうしました?」
古川が怪訝そうな顔をする。
「小岩さえの怨念と復讐の対象は、伊藤又一と、その血をひくものだった。伊藤忠彦、小岩やえは該当するけど、梅子と伊一郎は該当しないのよ。まぁ、伊一郎は復讐を手伝う側だとしても…梅子があの場にいるのはやっぱり不可解なのよ…。」
「でも、袖美は血は繋がっ
小説 人蟲・新説四谷怪談〜あとがき1
六十回にわたる連載を終えて。
1年半前に書いた作品と再び向き合う毎日でした。
この作品は講談社とLINEさんで起ち上げたLINEノベルの第1弾作品として書きはじめました。
講談社さんから、本格稼働させる前の実験的な作品が欲しいのでいくつかプロットをくれと言われて出したものの中にこの作品のアイディアがありました。
「ホラーがいい」
という先方の要望があり、この作品を書きはじめたのですが
小説 人蟲・新説四谷怪談〜あとがき二
当初はあくまでも「ホラー」であり「ミステリー」として書いていたのですが、中盤を過ぎたあたりから、自分の意思とは関係なくストーリーはラブストーリーの方向に傾いていきました。
それは勝手に登場人物が動き出す感覚。
特に現代の主人公である民谷伊一郎と小岩さえは、本当に不思議な呪縛を私の与えました。
中盤以降、彼らが言葉を発するシーンは全くありません。
クライマックスの廃工場の地下室まで彼ら