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小説 人蟲・新説四谷怪談〜五十三


「さて。」


玲子は、視線を白いワンピースに向ける。



「小岩さえの幽霊さん。いや、もう本名で呼ぶわね。




秋山袖美さん。




あなたをそう呼んでいいかしら。」




白いワンピースの女は玲子の問いかけに瞬きひとつせず無言で報いた。


玲子は苦笑した。


そして屹と白いワンピースの女を見据えた。


「じゃあ、勝手にあなたを秋山袖美さんとして呼ばせてもらうわ。あなたは、小岩さえの思惑通りに役目を果たしてきたわね。さえの肉体が朽ち果て白骨になるまで、あなたは気長に待ち、人目を避け生活をしてきた。それを可能にしたのは、忠彦さんの金銭の援助。」


玲子は忠彦を見て言った。


「さえを援助するための金は、さえの身代わりの秋山袖美の隠遁生活を支える糧になったというわけか。」


勝が言った。


忠彦は茫然として白いワンピースの女を見る。



「そして今年の6月頃、さえの遺体が白骨になったのを確認して四ツ谷のアパートに運びこんだ…。」


玲子の好戦的な態度にも、白いワンピースの女は顔色を変えず他人事のように玲子の推理を聞いている。


「さえの遺体を運びこむと、忠彦さんが家賃を振り込む口座を解約し、家賃を滞納させ、遺体の発覚に結びつける。」


玲子は言葉を切り、忠彦を見た。


「忠彦さん、家賃の振り込みができなくなった時、あなた、やえさんに連絡とったんじゃない?」


忠彦は頷く


「とりました。さえに何かあったんじゃないかと思って…。」



「そのことがあったから、やえさんは新聞記事を見て、すぐ姉のさえさんじゃないかと思ったわけね。やえさんの証言があり、遺体は完璧に小岩さえであることが証明される。ここから、小岩さえの幽霊としての秋山袖美の真の行動が始まるはずだった…。だけど小岩さえにも予測できないことが起こったのね。」



「予測できないこと?」


忠彦が尋ねる。


伊一郎もいつのまにか泣くのを止め玲子をみつめる。



「伊一郎さんに出会ったことよ。」



白いワンピースの女の表情が少しだけ動いたような気がした。



「そして伊一郎さんを愛してしまったこと。それがさえの予測できなかったことよ。」


玲子はハッキリと言った。


伊一郎の表情には明らかな動揺が走った。


「さえの計画では、さえの幽霊として、あなたは伊藤家の忠彦さんや梅子さんを追い詰めていくことじゃなかったのかしら。そのためにあなたは、忠彦さんの元秘書である伊一郎さんに近づいた。ところが…。あなたは伊一郎さんを愛してしまった。」


玲子は白いワンピースの女の顔色を窺う。


しかしながらやはり白いワンピースの女の表情は感情を顕さず静まり返ったままだ。


「あなたは途中で伊一郎さんが、さえの兄であることに気づいた。だけと、あなたは小岩さえである以上、伊一郎さんがさえと兄妹であることを知れば、あなたとの恋は続かなくなる。あなたはその事実を隠す必要があった。そして、そのことを知るやえさんは邪魔になった。だからこそ、やえさんもここに拉致してきたのじゃないかしら。」


玲子にとっては渾身の一撃だった。




しかし。




期待したような変化は白いワンピースの女には顕れなかった。



さすがの玲子もこの白いワンピースの女の様子にただならぬものを感じ始めていた。



「伊一郎さんが伊藤さんを襲っても命を奪わなかったのは失敗ではなく、あくまでも最後はここに呼び寄せるための策だった。ここでひとり寂しく命を絶った小岩さえの怨念の篭るこの蛇山の庵室ならぬ地下室で…。」




白いワンピースの女が俯いた。





肩が細かく震えている。




泣いているのか。








くく




くくく



ふふ



ふふふ


ふふふふ。







笑っていた。






細かく震えていた肩は、大きく動き、俯いた顔は次第に上に上がっていく。


可笑しくてしかたない。


そんな表情だった。






はは




あはは





あははは




あははは



あはははははは


はははははははは



あはははははははははははははははははははは





あははははははははははははははははははははははは




あははははははははははははははははははははははは





はははははははははははははははははははははははははははは



はははははははははははははははははははははははははははははは




はははははははははははははははははははははははははははは




はははははははははははははははははははははははは






女は爆笑した。




今まで抑えに抑えていた感情が堰を切ったように爆発した瞬間だった。



その嗤い声は陰惨で毒々しく、地下室にいる全員を震え上がらせるに足るものだった。






「誰が秋山袖美ですって…。名探偵さんのバカバカしい推理はもう終わってもらっていいかしら。




私は小岩さえ。私は復讐しようなんて思っていない。ただ。






終わらすだけよ。」








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