「イラク戦争に派遣された米軍兵士A」の物語を描くにあたって、米国とイラクがまるですぐ傍にあるかのように表現することで、「AがPTSDに苦しんでいること=すでに母国に帰ってきているのに、ふとした瞬間に戦場の記憶がよみがえってくるなどして日常生活に支障が出ていること=母国での日常が<戦場>に侵食されつつあること」を示唆する ~映画「アメリカン・スナイパー」の場合
◆概要
【「イラク戦争に派遣された米軍兵士A」の物語を描くにあたって、米国とイラクがまるですぐ傍にあるかのように表現することで、「AがPTSDに苦しんでいること=すでに母国に帰ってきているのに、ふとした瞬間に戦場の記憶がよみがえってくるなどして日常生活に支障が出ていること=母国での日常が<戦場>に侵食されつつあること」を示唆する】は「キャラの感情などを暗示する」ためのアイデア。
◆事例研究
◇事例:映画「アメリカン・スナイパー」
▶1
本作の主人公は、カイル(30代の男性)。
彼は、アメリカ海軍特殊部隊「Navy SEALs」の狙撃手である。イラク戦争で目覚ましい活躍を見せ、味方からは「レジェンド」、敵からは「悪魔」と呼ばれた。
ところで、イラク戦争の舞台といえばこれはもちろんイラクである。そしてイラクといえばアフリカの右側、ウクライナの斜め下辺りに位置するわけで、カイルの母国たるアメリカからはかなり距離がある。
……のだが、本作を見ていると「アメリカ」と「イラク」の間にはほとんど距離がないように感じられる。
なぜか?
鑑賞者が距離を感じないように仕掛けが施されているのだ。
主たる仕掛けは以下2点である。
・仕掛け1:カイルは戦場でスナイパーライフルのスコープを覗くなどしながら、たびたび妻と電話で他愛もない話をしている。
・仕掛け2:カイルは計4回イラクに派遣される。つまりアメリカとイラクの間を4回往復するのだが、本作には移動シーンが一切描かれていない。「アメリカで家族とすごすカイル→次のシーンではもうイラクで任務に就いている」という具合だ。
以上の仕掛けの結果として、カイルがはるか異国にやってきたという印象は薄れ、「アメリカ」と「イラク」がまるですぐ傍にあるかのように感じられるのだ。
では、本作にはなぜこうした仕掛けが施されているのだろうか。
▶2
じつは本作は、「イラク戦争帰還兵のPTSD」を描いた作品である。
PTSDとは「心的外傷後ストレス障害」のこと。あまりにも衝撃的な出来事を経験するとそれがトラウマになり、その後の日常生活に支障が出るというあれである。
イラクから戻ったカイルはふとした瞬間に異常な行動・反応を見せる。
・例1:血圧が異常に高い(上が170、下が110)。 →まるで戦場にいるかのような極度の緊張状態にあるわけだ
・例2:どこからともなく銃撃戦の音が聞こえてくる。幻聴である。 →激しい銃撃戦を経験した影響だろう
・例3:自動車工場の電動工具の音に敏感に反応する。 →戦場で出会った「ドリルで人を殺す悪党」の影響だろう
・例4:道路で後続車が気になって仕方がない。何度もサイドミラーを確認する。 →「いつどこから攻撃を受けるかわからない」という戦場にいた影響で、敏感になっているのだろう
そう、彼は明らかにPTSD患者である。
体は母国アメリカに帰ってきているが、心はいまだイラクの戦場にある。そしてそれに苦しんでいるわけだ。
そんな彼の苦しみ、「いつまでも戦場から逃れられない=母国アメリカにいるのかイラクの戦場にいるのかすらわからなくなってしまう」という苦しみを表現するために、まるでアメリカとイラクがすぐ傍にあるかのように感じさせる仕掛けが本作には施されているのだろう。
つまり、【「イラク戦争に派遣された米軍兵士A」の物語を描くにあたって、米国とイラクがまるですぐ傍にあるかのように表現することで、「AがPTSDに苦しんでいること=すでに母国に帰ってきているのに、ふとした瞬間に戦場の記憶がよみがえってくるなどして日常生活に支障が出ていること=母国での日常が<戦場>に侵食されつつあること」を示唆する】というテクニックである。
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