見出し画像

短編恋愛小説|フラストレーション|#1


あらすじ
幼少期に母親から精神的虐待を受けていた 宮田怜は女性とはまともに付き合えず、既婚者女性と出会えるアプリでその場かぎりの関係を繰り返していた。 
そんな中、白石透子と出会い新小岩のラブホテル「パッション」で密会を重ねるようになる。
白石透子もまた夫の風俗通いが発覚しては鬱憤が溜っており、母親としても自信を無くす日々を過ごしていた。

2人は対話を重ねながら、それぞれの道を再生していく。

#1 約5000字 






ふと窓を見ると、雨が勢いよく窓ガラスを打ち付けていた。思い返すと彼女と会うときはいつも雨が降っている。だけど、心が晴れやかになるカラッとした天気よりも雨の方が都合がいい。自分の心にわずかに残っていた罪の意識を都合よく洗い流してくれるからだ。


 平日の正午。ホテルの室内で互いの呼吸がリズムよく交差してはそのチープな空間を支配した。それは身体のぶつかり合いというよりは、魂のぶつかり合いだった。と言っても決して愛ではない。言うとすれば、何かに対する静かな怒りだろうか。行先をなくした互いのフラストレーションが乱暴にぶつけ合うことを、許されたひと時。

阿吽の呼吸があと少しで終わる時、いつも彼女の後ろ姿に見とれてしまう。指通りが良くて絹糸のように艶のある黒髪、白い肌から湧き出ては流れる汗、しなやかなその身体の曲線。それは生まれ持ったものなのか、努力した先に手に入れたものか。


だけど、そのまま背後から胸を鷲掴みすれば、かつてのセックスフレンドとは胸の位置とハリも全く違う。そのまましなやかに手先を臍まで滑らすと感触がある僅かな垂水。それはきっと生命をお腹の中で懸命に育てた勲章なのだろう。 


「透子さんてさ、旦那さんとセックスするの?」

荒れたベッドの上で彼女と横並びになり、カツンとカラトリーの音を鳴らしてはチャーハンをすくい上げて僕は聞いた。 

「ん、何よ?いきなり」 ナポリタンパスタを口に含みリス食いになりながら、透子さんがこちらをじっと見つめる。 

アーモンド型の目に潜む大きな黒目に見つめられると、わずかに残っている覇気が吸い込まれそうになる。初めて出会った時もその瞳に見つめられては身動きが取れなくなったのだった。

 1ヶ月と少し前にアプリで透子さんと出会い、新小岩のラブホテルで会うようになって3回目。人恋しくなれば、手軽さという理由で既婚者の女性と出会えるアプリを利用していた。結婚願望がない僕にとって同年代の女性と出会い1回でもセックスをすれば、「これって付き合ってるの?」「結婚願望はあるの?」なんて聞かれては気を持たせてしまう。それなら、既婚者の方が都合が良かった。訴えられるリスクはあるし、ほんの少しの罪悪感もあるけれど、その人の旦那だって妻に内緒で風俗の1回や2回は行ったことあるだろう。だからこそ、互いに深入りしない為に会う回数は2回までと決めていた筈なのに。


 「あ、透子さん、ナポリタン一口ちょうだい」 

さっきの言葉を打ち消すように、視線を目の前の小さな丸いテーブルに逸らして呟いた。旦那とのセックスの頻度なんて少しまずい事を聞いてしまった、こんな質問は独占欲が強いみたいで格好悪い。


 「いいよ、その代わり怜くんのチャーハンもちょうだい」 そう言いながら透子さんがテーブルの上に置いてあるお皿を交換した。僕はパスタの器を持ち上げラーメンを食べるかのようにずずっと麺を啜る。 


「うっま、ラブホのナポリタンってなんでこんなにうまいの」 

「そりゃ、2回戦もすれば何食べても美味しいわよ」 

ガハハと透子さんが口を大きく開けて笑う。その口の中にはご飯粒が覗いて見えては、少しニンニクの匂いがした。 もちろん僕も臭いのだろうけれど、このチャーハンを最初に食べなくて良かったと胸を撫でおろす。息を吐くたびにニンニク臭が酷くて何もできっこない。 


「このラブホ、休憩が4000円にしては飯うまいわ」 

「もう話変わってるじゃん。そのノリさすが24歳」 

「あ、さっきの話だけど…旦那とたまにするよ?月に1,2回だけどね」 

さっきの質問は煙のように消えたかと思ったのに、透子さんは自ら掘り出して答えていた。 これはさらに深掘りしてほしいサインだろうか。

「へー」 

どう返したらいいか分からず、上部な返事をした。野暮な質問をしてしまったと後悔していた矢先、透子さんがスマホで時間を確認して、チャーハンを食べる手を止めた。

後ろに振り向き雑に羽織ったバスローブ脱ぎ捨てて白い肌が再び露わになる。床に転がっているブラジャーを拾い上げて、前かがみになっては着けようとしてはフックを止めるのに数秒ほど苦戦している。


 「あ、やってあげる、俺これ止めるの好き」

 「ふふ、変態。1番外側ね」  

パスタを食べる手を止めて、白のレースで編まれているブラジャーのフックを丁寧に止める。この下着は確か初めて出会った時も着用していたものだ。今回会って3回目だけど既に初回の下着をつけている。透子さんの下着のバリエーションは意外と少ないのかもなんて思う。そして明るい場所でまじまじ下着を眺めるとフックの周りには小さな毛玉が無造作についていた。その毛玉からはほんの少しの生活感が漂っていた。 

「はい、できたよ。仕上げの寄せ上げもしようか?なんて」

 「きもっ、鳥肌たつわ。少しイケメンだからって調子乗んな」 


髪を耳にかけて、少し振り返りこちらを睨みつけながら言い放った。そのまま前かがみで自分の手で脇のお肉をしっかりと掻き集めて上げている。そしてヒートテック、白のクルーネックに、黒いサテン生地のロングスカートを履いては白い肌をしまい込む。仕上げに目を少し流し目になりながらゴールドの大きめのピアスをつける。その一連の動作と彼女の一つ一つの美しい佇まいに、麺を口に放り込み続けながら見とれてしまう。 


「ちょっと、怜くん!わたしのナポリタン全部食べてるじゃん」 


「あ、ごめん。あまりにうまくて。透子さんこっちのチャーハン食べて」 
あまりに透子さんが綺麗でと言いそうになるけれど、言葉を飲み込んだ。 


「はーっ。今まで、そうやって、女の子振り回してきたんでしょ?自分がいつまでも選ぶ立場でいれると思うなよ」 両手を腰に当てて再び睨みつけられる。

自惚れではないけれど、今まで誰ともまともに付き合えず、既婚者と関係を重ねる僕は自分でもクズだと思うので、愛想笑いするしかなかった。

 「まぁ、いいわ。そのチャーハン、にんにくの匂いキツイからいらない」 
透子さんが、CELINEと書かれたグレーの小さな鞄から財布を取り出し、千円札3枚をフロントの受話器の横に置いた。   

「もう時間だから行く。食事代込みでここにお金置いとくね」 


「前も言ったけど、ホテル代いらないって。新小岩きっての激安ラブホなんだしさ」 

ここは新小岩駅から徒歩10分程にあるラブホテル「パッション」。名前の通り情熱価格でラブホ界のドンキホーテだなんて港では噂になっていた。 

 「ただのセフレだからこそ、割り勘にさせて。たったの激安ラブホで恩着せられるの嫌なの」 

「それに今、失業保険受給待ちなんでしょう?あれ貰えるのに時間かかるよね」ファンデーションに付属されている鏡でリップを塗り直しながら透子さんが言う。


 あぁ、そうだったと自分の現状を思い出しては気が重くなる。恵比寿にある焼肉屋の形だけの雇われ店長を辞めては、2週間前に初回の失業保険の認定手続きを済ましたところだった。失業保険が満額受給されるまで、ゆるく就職活動をしようかと思っていたけれど、大学を1年で中退しては高卒である僕の再就職先はやはり飲食業界だろうなと、ふと現実に戻される。 

「まぁ、常に金欠だけど。確かに、ここがリッツ・カールトンなら奢っては威張れるけどね」 


「そういうこと。新小岩のラブホのお金を出してもらってありがとうなんて言いたくないわ。16歳じゃあるまいし」  

「え、未成年じゃん」 


「あくまで例え話。いちいちコンプライアンス厳しくしないでよ」  

「つまり女はホテルの値段で、自分の性的市場価値を決めるということか…」 思わず僕は独り言ちた。

「ねぇ、当回しにわたしのこと貶してるでしょ?」透子さんが眉間に皺を寄せて目を見開きながら僕をみる。

あまりに会話がぽんぽん弾むからつい本音を言ってしまった。 だけど彼女の表情がコロコロ変わりながら、こんな冗談混じった会話が僕にとって心地が良かった。

パチンと勢いよくファンデーションを閉じる音がした。それは彼女の気持ちがとっくの前に切り替わった合図だろうか。

「まぁ、新小岩の女でも、コインランドリーの女でもなんでもいいわ、もう行く」 

え、それってコインランドリーでしたことあるってこと?なんて口から出そうになった瞬間、急ぎ足で透子さんがドアに向かった。 


「あっ、透子さん、再来週もこの時間帯でいい?」 

「…うん、家族の急な体調不良とかなければね。何かあればyahooメールに連絡入れる。また部屋番号メールして」

バタンとドアが閉まった。爽快な足さばきで向かった彼女とは対照的に自分はまだベッドの上にバスローブだ。ベッドの上には雑に脱ぎ捨てたバスローブから爽やかなシトラスの匂いが漂う。「あの人、こういう所大雑把だよな」1人で呟きながらバスローブを畳んだ。結局はラブホの清掃係の人が回収するだけなんだから、畳もうが、雑に脱ぎ捨てようが一緒なんだけど、清掃係の人にここのお客さんはマナーがいい人だったなんて思われたい。どの部屋もチェックアウト時はめちゃくちゃになるラブホだからこそ。 


さっきまで彼女の肌の上を滑っていた指先が手持ち無沙汰になる。この余韻が残るこの時間がほんの少し苦手だ。誰かと体を重ねてもやっぱり自分は孤独なんだと痛感する。きっと透子さんは足早で小岩駅に向かって、夜ご飯の支度で頭がいっぱいになっているだろう。 その手元の寂しさは当たり前にスマホに向けるけれど、この画面の中には大して調べたいことも見たいものもない。それでも無意識にインスタを開いては、無駄にスクロールする。友人と呼ぶのも定かではない人たちがどこに行ったとか、白いシャツを着たカップルの写真が流れてくる。やはり興味が持てず10分足らずでスマホを枕の隣に置いた。 


あぁ、そうだと思い出したかのように、再びスマホを手をとりsafariをタッチする。 その画面には昨日の夜まで見ていた、匿名掲示板5ch AV女優桜田てる子を語ろうぜpart78【得技はてるてる坊主】スレッドだった。 


普段なら2回までしか会わないのに、透子さんと3回も会っているのはただ単にタイプだったからだ。透子さんは僕の一軍のAV女優「桜田てる子」にそっくりだった。


桜田てる子はセンター分けの肩までの黒髪、大きすぎないクリッした目、白くて華奢な身体の線、大きすぎず小さすぎない胸がやけにリアリティがあった。

今から2年前に電撃デビューしてから1作目にして週間ランキング1位を取得してはAV業界を一世風靡した。そして華麗なるデビューから早々と2作目を発表したがその後は事実上引退。5chによると身バレしただとか。

古風な名前の由来はてるてる坊主を作るのが得意だから。知的な見た目とは裏腹にそんなバカっぽい所がたまらない、こんちくしょうめ。

てる子の年齢はあの肌のハリ感はおそらく当時20代前半だろう。透子さんは自称30歳だから年は離れているが、てる子が年を重ねれば透子さんの様になるだろうなと想像できる。 

桜田てる子がデビューした当時から5chのスレに張り付いていたが、さすがに2年も音沙汰なしだとスレが過疎化していた。

part78は誰も次のスレッドを立ち上げないため僕が立ち上げるほどに。IDを見る限り定期的にコメントしているのは4〜5人くらいだろうか。 


ただ、ここ最近てる子のスレッドが再び盛り上がっていた。 きっかけは2ヶ月前の誰かの投稿だった 


ー風俗にてる子いてびびった、多分本物 

ーまじ?詳細キボンヌ 

ー消される前にメモしとけよ、お前ら。

 ーあぼーん(個人情報記載のため削除されました) 

ーまじで、ありがとう!神降臨  

ーちょ、スレ主なのに出遅れた。消されるの光の速さだな、もう一度詳細キボンヌ 
・ 
・ 
ーもう誰もいない?sage 
・  

  ーやべぇぇぇ、てる子いたわ。この間の人まじありがとう。この恩は一生忘れません 

ーお願いだ、教えてくれ!スレ主なのにこの間は出遅れた 

ー「さん」くれろ? 

ー頼むよ、名無し「さん」w そのネタふりぃな。Z世代だけど、戸塚洋介が好きで映画のピンコン見といて良かったわ。 

ーあぼーん(個人情報記載のため削除されました)  

ーすまん、伏字多めにしたのに光の速さで消されるわ。チキン野郎なので退場する 

ーちょっ、おまっw おれの「さん」返してくれよ 
・ 
sage 
・ 

「はぁ・・・」

5chを閉じてため息をつく。 今日も収穫なしか。光の速さで店舗情報を消されるということは、店のオーナーがこのスレッドを監視しているのだろう。もはや希望はないかと思いながらスマホを枕の横に置いた。 


グゥーーキュルルル その場を和ますかのように腹の虫が叫ぶ。「元気だせよ」と励ましてくれているようだ。 再び暇を持て余した右手は腹の虫の指示の下、透子さんが置いた千円札3枚を通り抜けて横の受話器に向かった。


 うん、やっぱりもう一度あれが食べたい。 

「はい、フロントです」 

「あ、すみません。ナポリタン追加でお願いしまーす」


 2話へ続く。(2月更新予定)

いいなと思ったら応援しよう!