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(映画感想文/短歌)『グレース』

『グレース』※ネタバレなし感想文

ロシア辺境。少女と父親は、くたびれた赤いキャンピングカーで放浪生活を続けている。生活の糧といえば、キャンピングカーを利用した屋外映画上映や、違法DVDの販売収入などで、インターネットが普及すれば(辺境の地は、まだその状況でない)すぐに成り立たなくなってしまうようなものだ。思春期の少女は、この生活に倦み、父親への反感を抱いている。少女のささやかな楽しみは、旅の途中で出会う風景や人々をポラロイドカメラに収めること。「海に行きたい」という少女のつぶやきに、2人は北の海(バレンツ海)を目指すーー。

2023年のカンヌ国際映画祭で上映された唯一の「ロシア映画」であり、イリヤ・ポヴォロツキー監督としては、初の長編映画となる(すばらしい出来)。今の時代、ロシアというと、どうしてもウクライナ侵攻のことを考えてしまうが、本作が撮影されたのは侵攻が本格化する前の2021年秋で、監督は侵攻に反対の立場であることを表明している。

本作はいわゆる「ロードムービー(旅物語)」で、ロードムービーの特徴といえば、旅に伴う「寂寥感」や「孤独感」などがあると思うが、何より、刻々と通り過ぎていく時間の儚さに伴走する「風景」が常にあって、時折見せるその美しさや雄大さに見入ったり癒されたりして、もしつらい物語ならば、それは「救い」であったりするのだが、この『グレース』の風景は(雄大ではあるが)いつも暗く、澱んでいる。賑やかであろう巨大なショッピングモールの風景でさえも、どこか廃墟のようだ。「救い」なんて元々ないのかもしれないし、そんなものがなくても生きていかなければならない人々を、この映画は描いている。思春期である少女は美しく成長していく過程にあるが、映画の中では名前すらわからないし、それは父親も同じだ。長回しやズームイン/アウトを使用した、どこか神の視点のようなカメラワークを見ていると、雄大かつ陰鬱なロシア辺境の大地こそが、この映画の主人公のように思えてくる。この大地の上では、少女も父親も、あまりに小さい。
『グレース』個人的評価:★★★★☆

こんな人におすすめ

明るい物語ではないですが、16ミリフィルムで撮影されたざらついた映像(いわゆる、ローファイな感じ)、抽象的でアンビエントな音楽、印象的なカメラワーク、ロシア辺境という見慣れない風景などなど、これらが相まって、どこか惹かれる映画になっています。
ロードムービー、ローファイ、ポラロイドカメラ、アンビエント/ノイズミュージック、辺境/荒野、こういったキーワードにピンとくる人におすすめだと思います。

短歌/『グレース』

本作内に「ポラロイドカメラ」が出てきて、少女の心の内を、時折、文字通り写し出してくれます(正確には、富士フィルム製の「チェキ」のように見えましたが)。デジカメではなく、インスタントカメラというところが良くて、一度きりの、後戻りできない時間を詠んでみました。

シャッターを押してあなたを閉じ込めるフィルムのなかの永遠の国

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