【第37回東京国際映画祭】コンペティション部門総括&受賞予想
コンペティション部門総括
『アディオス・アミーゴ』50点 ★★☆☆☆
【総評】
万人受け必至の西部劇。
荒唐無稽さこそが西部劇の真骨頂だと思いますし、この映画はきちんとその文脈の中にあったと感じます。
音楽で盛り上げ、一枚絵で決める。
これがちゃんと出来ているよく出来たエンタメ作品だと思いました。
『敵』90点 ★★★★☆
【総評】
吉田大八×筒井康隆だとこうなるか!という新しい発見がありました。小ぶりな舞台設定ながら予測のつかない展開力で魅せるあたりは流石吉田大八です。
ひょっとしたら自分の存在というのは世間にとって「何でもない」のではないだろうか。そういう諦念に似た感情を描いていると解釈したいです。
しかし吉田大八はじめじめした画面にはしない。白黒の画面に頼らない展開力と適度なユーモアが欠かせません。
少しガチャガチャした感は否めないが、吉田大八流『野いちご』と言っていい完成度を備えています。終始とても楽しめました。今年の日本映画のハイライトといって過言ではないでしょう。
『トラフィック』60点 ★★☆☆☆
【総評】
普通によく出来た作品ではありますが、特段印象に残るところのない作品でした。ムンジウ要素も感じることが出来なかったです。
美術品窃盗という物語、そして西欧と東欧の分断という背景を丁寧に語ってはいます。しかしテンポが悪く物語がなかなか前に進みません。
悪い作品ではないですが、『母の聖戦』で見せた強度には遠く及びません。しかし独特の風味はしっかりあるので退屈という程ではないんですよね。コンペの中では水準作という感じではないでしょうか。個人的にはもっと何かが特出していればよかったなと感じました。
『チャオ・イェンの思い』70点 ★★★☆☆
【総評】
欠点は多々あれど決して嫌いではないです。なにより『ニーナ・ウー』から引き続き力のある映像が引っ張っていくのがいいですね。
構成としてはあまり上手くはないです。特に終盤幼少期のエピソードが挟み込まれますが、それが唐突な上にそれまで語ってきた内容を繰り返しているだけなので完全なる蛇足です。なくてよかった。
また、あまりに露悪的なのではないかというのも一つの問題でしょう。容赦のないストーリーテリングと言ってしまえば聞こえは良いものの、芸能界のセクハラパワハラ、家族の醜さをこれでもかと見せられるのはあまり気持ちの良いものではないです。
ただ、やはり映像の力が大きいです。本作では特に色に込めた意味というのは感じられなかったですが、色彩設計を含めプロダクションのレベルは非常に高いですね。役者の演技も含めクオリティは高いと思います。
『小さな私』70点 ★★★☆☆
【総評】
なかなか端正な感動作でした。素直に面白かったです。それこそイー・ヤンチェンシーも男優賞有力か、と思える名演をしていました。脳性麻痺の青年を上手く演じていましたね。
障がいとの向き合い方を模索する青年、彼を応援する祖母を描いた気持ちの良い佳作という印象です。素直に面白かったですし、ヤン・リーナー監督の端正な演出も素晴らしいです。
障がい者は引っ込んでろと言わんばかりの社会との軋轢を持ち前のポジティブさと強さで切り抜けていきます。楽天的なだけではなく青年と祖母それぞれの葛藤も描いていてバランスが良いです。
『わが友アンドレ』85点 ★★★☆☆
【総評】
とにかく撮影が素晴らしいですね。話としては既視感がありますし予想もつくものですが、スピリチュアルな世界に片足を突っ込んだ演出もなかなか魅せます。個人的にはコンペの外国作品で今のところ一番かもしれません。
リー役の少年、成長したリーを演じたリウ・ハオランそっくり!キャスティングの勝利でしょうこれは。オーバーになりすぎない落ち着いた演技をみせるメイン二人、少年期のメイン二人が素晴らしいです。
不思議な旧友との再会話、に終わらない展開力もいいですね。正直アンドレの正体については予想が出来てしまうのですが、脚本だけに頼らない映像力もしっかりある作品です。
友情の終わりをもの悲しく描いた作品でもあり、その素晴らしさを逆説的に教えてくれる作品でもあります。落ち着いた語り口が印象的なステキな作品でした。
『大丈夫と約束して』55点 ★★☆☆☆
【総評】
ワルガキたちの日常と、家庭が抱える問題にフォーカスした作品です。
この作品はとにかく撮影が良い。 とりわけグレーディングとか相当凝っていると感じ、見ていて絵に飽きは無かったです。
また演出としても、ある種のファム・ファタール的な魅力のある母親に向ける主人公のまなざしには、どこか感情移入してしまう説得力がありました。
ただ、パチモン・トレインスポッティングと言いますか……。 主人公の心の揺れ動きを描く家族パートに対し、ワルガキパートがあまりにも冗長に感じました。
最後はものすごい痛快というか、主人公なりの結論を出したんだと思うのですが、結局何も解決していないというモヤモヤ感が残ります。
『お父さん』75点 ★★★☆☆
【総評】
非常に惜しい作品でした。演出がやや冗長で、上映時間よりも長く感じました。時系列を操作する手法も効果的とは思えません。主演のラウ・チンワンは素晴らしいですね。抑制された演技で父親役を上手く演じていました。
加害者の父、そして被害者の夫という難しい立場で苦悩する男を丁寧な心理描写で語っていきます。その手腕は流石フィリップ・ユン。
なのですがその苦悩を引き延ばしただけに見える展開が冗長です。同じところをぐるぐる回ってるような印象を受けました。終わりのない苦悩を描きたいという意図は分かるのですが引き延ばしすぎかなと思います。
時系列操作はまあ分かりますが激しすぎて混乱します。今どの時点の誰の話なんだっけ?というのが分かりづらい箇所が散見されました。
全体としていい映画ではあります。そして男優賞有力作品であることは間違いないでしょう。しかし欠点も多々ある作品に思えます。非常に惜しい。
『娘の娘』50点 ★★☆☆☆
【総評】
「娘の娘」ってそういう意味か…。
ホウ・シャオシェンがプロデューサーで入ってましたが、完全に台湾映画の文脈ですね。
一見すると無意味に見えるショットが後々味に繋がっていることに気付き、映画としての深みを感じさせられました。
「母」として。そして「もう一度母になること」への葛藤。
娘・エマとの対峙。そして「生むかどうか」の決断に揺られる主演のシルヴィア・チャンの演技には、観客としても胸を締め付けられました。
『雨の中の慾情』75点 ★★★☆☆
【総評】
よくこんなの映像化したなと感心する意欲作です。片山慎三らしいエグい描写が満載です。鈴木清順的なエロティックでカオスな世界観がいいですね。
一方で、二重構造が中盤明かされるのですが、そこにイマイチ切実さが感じられなかったです。虚構で遊んでいるように思え、上滑りしている感は否めません。
成田凌をはじめ演者は好演していますが、それにしてはキレイすぎるような。もっと汚れた役者さんを使った方がリアリティが出たのではないかなと思わざるを得なかったです。
片山慎三というよりつげ義春の色が濃く出た作品です。監督は上手く映像化しているとは思いますが、トータルでは中の上くらいの印象に留まってしまいました。意欲作だとは思うがあまりしっくり来なかったです。
『死体を埋めろ』85点 ★★★★☆
【総評】
ひとえに鬼気迫る怪作ですね。
鑑賞後の感慨は『バクラウ 地図から消された村』と近いものを覚えています。
私が思うに、この作品はマルコ・ドゥトラ監督による創作神話、その体系なんじゃないかと感じています。
『黙示録に基づく7つの寓話』がテーマとのことですが、気付けばクトゥルフ神話が引用されているなど、その解釈はキリスト文脈(=新約聖書)の域を超越したものとなっています。
おそらくこの映画にメッセージ性は無いです。
あまねく宗教神話に対する監督の再解釈。
監督による神話の再構成、それを映像として形に落とし込んだ、ある種の“創約聖書”が本作なのではないかなと思います。
『英国人の手紙』90点 ★★★★★
【総評】
今回の東京国際映画祭屈指の力作です。
父親がアフリカのアンゴラに遺した手紙を探し、その受け手のルーツを探すという物語。
アンゴラの政治情勢、そして広大なナミブ砂漠を背景に、関係者たちの"適応"の様子が描かれていきます。
この映画の真のテーマは"継承"です。
結論から言ってしまうと、手紙の内容は心底どうでもいいのです。
アンゴラに残った者、そして立ち去った者。
そして"祖国"とは。アイデンティティーとは一体どこにあるのか。
その継承のバトンを、物語の登場人物、そして映画の受け手である観客たちに向けて紡がれていく。
その過程こそがこの映画の真髄です。
この映画では何度も「もう作品が終わってしまうのかな」と思う瞬間が何度もありました。
何度もその波が繰り返され、幾度となく期待を超えた継承が繰り返されていく様には圧倒させられました。
非常に実りのある136分がここに詰まっていました。
『彼のイメージ』55点 ★★☆☆☆
【総評】
全体を通して大きな見どころは無かったですが、断片的なエピソードをナレーションで繋ぎ合わせている割にはわかりやすく、見やすかったです。嫌いではない。
主人公が亡くなった時点でのシモン(アントニアと恋仲になりきれなかった男)の目線で語られる作りのため、血生臭いシーンでもどこか淡々としており、切なさだけが漂うギャップがあります。そのせいなのか、少し没入しにくい気もしました。
そもそもこの映画はロケーションがすごく良いので画面が基本的に美しく、明るく美しい土地を舞台に暴力を伴ってしまう独立運動の生々しさが描かれる点は印象的でした。
『士官候補生』80点 ★★★☆☆
【総評】
中盤は少しダレた印象があり、この内容にしては長いと感じました。しかし作家性が希薄な今年のコンペの中では異彩を放つ作品と言えますし、ホラーとしてよく出来ています。
アディルハン監督作品は一本も観ていないのですが、レビューなどを読む感じホラーの作り手という訳ではなさそうです。しかし独自のホラー表現を習得していてとてもいいですし、おそらく日本のホラーからも取り込んでいるだろうと思います。
士官学校の閉鎖的で「有害な男らしさ」を助長するような校風がまず不快でいいですね。背景にはソ連の影響があり、妄信的に賛美する校長をはじめ教官たちが不快で気持ち悪い。
「スケキヨ…」と思ってしまいましたが、独特の映像表現で士官学校に潜む何かを描出しており好感が持てました。
何より主演の女優さんが『ヘレディタリー』トニ・コレット並に熱演していてよかったです。
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』90点 ★★★★★
【総評】
正直なところ、私はラブコメはあんまり好きではないです。
結局このメイン2人がくっついたり別れたりするんだろうな…という物語の帰着がなんとなく想像できてしまうからです。
ただ、この映画は「結果」ではなく「過程」を楽しむことの重要性を私に教えてくれた気がします。
ジャルジャル福徳のコメディタッチな台詞回しと、大九明子が得意するちょっと痛々しい雰囲気が見事なまでにマッチしています。
日本版のアキ・カウリスマキを感じます。
ネタバレになるのでこれ以上は書けませんが、とにかく安易なラブコメ映画でないことは確かです。
ただ、一つだけ言いたいことがあります。
私もさちせを感じながら、このきと言いたいです。
受賞予想
東京グランプリ
『小さな私』(おいしい水)
『英国人の手紙』(クマガイ)
審査委員特別賞
『雨の中の慾情』(おいしい水)
『お父さん』(クマガイ)
最優秀監督賞
吉田大八 - 『敵』(おいしい水)
セルジオ・グラシアーノ - 『英国人の手紙』(クマガイ)
最優秀男優賞
ラウ・チンワン - 『お父さん』(おいしい水)
イー・ヤンチェンシー - 『小さな私』(クマガイ)
最優秀女優賞
アンナ・スタルチェンコ - 『士官候補生』(おいしい水)
チャオ・リーイン - 『チャオ・イェンの思い』(クマガイ)
最優秀芸術貢献賞
『チャオ・イェンの思い』(おいしい水)
『死体を埋めろ』(クマガイ)
観客賞
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は。』(おいしい水)
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は。』(クマガイ)
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