江戸組紐の老舗“中村 正”さんを訪ねました
先日、松戸市内で130年続く江戸組紐の老舗「江戸組紐 中村正」(なかむら しょう)の四代目、中村航太さん(なかむら こうた)さんを訪ねました。
分かりやすく言いますと、現代においては着物を着用するのに使う「帯締め」「羽織紐」などをメインに制作する工房です。(刀の拵えや茶道具系でも組紐は多く使われますので、そのようなものも制作する事があるそうです)
四代目の代表・中村航太さんは工房運営と同時に、ご自分の組紐作品も発表しており、創作活動も盛んにされております。
我がフォリア工房は日常、オリジナル着物や帯の製造・卸・販売を生業のメインとしておりますが、伝統系のものは幅広く、かつそれぞれの分野の奥が深いので後染め(布に色や文様を染める事)の加工をする我が工房と、組紐の中村 正さんとは和装業界という大きな括りでは同業でありながら異職種の仕事ですから私たちには分からない事が沢山あります。
ですので、中村さんに実演も含めて色々な事を教えていただき大変勉強になり、その内容は大変新鮮でした。
中村正さんの事務所/作業場でもあるお部屋にお邪魔しました。
事務所/作業場にお邪魔すると、長年使い込まれた道具たちと、現代風に使いやすく整えられた道具と、ご自分が職人でもある人の独特の機能性を持つ仕事場の魅力から、ついつい写真を沢山撮ってしまいました。(小さい画像を複数まとめて一枚にするのではなく、あえて大きい画像のまま載せます)
組紐の工房では、工房の代表自らは経営全般の事と、職人への仕事の手配などをし、組紐の知識は豊富にありながら自分ではほぼ組紐を組まない人と、代表自らも職人/作家として組む人とがおられるそうですが、中村航太さんは、工房運営をしながら自ら染めて組む人です。しかもその職人技術と創作性と創作姿勢は大変高度なものです。
実際に帯締めを組む所を見せていただきました。
(実演+詳細を語っていただいたのですが、全体的な流れを説明するに留めます)
「綾竹台」での組も実演していただきました。
実演しながら、身体の使い方や、作業中の意識の持ち方なども詳細に説明していただきました。それが実に理にかなっていて精度が高く、一流アスリートのインタビューを聴いているような感じです。技術が身体に染み付いているので話しながらでも手の動きは全く緩みません。
中村航太さんの場合「徒弟制的システム」で先輩や師匠から習い、習った事を踏襲し磨いて行った「一般的な職人タイプ」とは違う摂理による動きのように観えました。
中村航太さんは、師匠や先輩から習った事だけでなく、先人たちの残した組紐を観察し、職人さんたちの動きを観察し、糸を観察し、組台を観察し、自分で考え、自分の身体に落とし込み、それが納得行く整合性を持つまで繰り返し、独自の技術と観察眼と理論を身に付けた感じです。
職人仕事では当人が語る理論と、実際に行っている事とに乖離がある人が多いものですが、中村航太さんの理論と実行には分離がありません。基礎と中村航太さん自身のオリジナルの方法もしっかり繋がっています。
これは、自分の眼と感覚と頭脳で直接対象に対面している人特有のもので、作業を観ていると「楽をする意味ではなく、合理的で身体や精神に負担が無い方法を常に考えている」「ひとつの行動に複数の行動を集約させる」「それを常に進化させる」=「すべては良い仕上がりのため」という事を理解している人の動きです。
それは常なる工夫と修練の積み重ねの結果であり「現段階ではこうしている」という事で、常に進化を目指しているわけです。ひとつの成功例に安住して同じ場所に留まっていない。
現在も、経験豊かな先輩職人の方々から学び吸収する事も怠りません。恐らく、諸先輩がたも、探究心があり教えに対する反応の良い後輩である中村航大さんへは、教えていて面白いのでしょう、私がお話を伺っていて「これは教える先輩方も楽しまれているな」という感じです。相当高度な事・・・普通の弟子には教えないような技術と心がけを伝達されているように思います。
中村航大さんの動きは独特で「能動的に創作的姿勢で仕事をし、膨大な数の仕事をこなさないと身につかない動き」です。受け身で職人仕事の数をいくらこなしてもこうなれません。変な言い方ですが「動きが職人臭く無い」のです。
私は「ああ、こういう人に弟子入りすると良いんだよなあ・・・」と心底思いました。
生業として組紐をやりたい若い人が沢山入って欲しいなあと思いましたねえ・・・勝手にそう思ってしまいました。
話が少し組紐とズレました・・・話を戻しまして、
組紐を組むにあたっては「仕込み」がとても大切だそうです。
下手をすると、組む事自体よりも、台にかけるまでの仕事の質の方が組紐の品質を上げるには大切と。まるで江戸前寿司みたいですね。それも色々と実演して下さいました。
ここでも「職人技術は合理的でなければならない」という姿勢が貫かれています。合理的な作業は工芸品の美しい仕上がりを約束してくれるからです。工芸において、非合理的な行動による苦痛や苦労はモノの摂理に反するわけですからその中から良いものが生まれるわけがありません。(念のため=合理的である事と、楽をする事は違います)
例えば、下画像は、組紐用に染めた糸束なのですが、組玉ひとつに巻く単位の糸束に分けてあります。これは分けてある部分を広げているので分離している様子がキレイに見えますが、シロウトである私達では「ここで組玉に巻く糸束に分けてあるんですよ」と説明されても、糸が絡んでいるだけにしか見えないのです。私達がいじっても、糸同士が絡んだ状態のままでいつまでも画像のようにキレイに分けられません。
それが、中村航太さんが触れると、指先でいじっているだけで、こうなるのです。
優れた仕事人に特有の「難しい仕事なのにその人がやると簡単そうに観える現象」ですね。「知識」と「慣れ」だけではこうなれません。「手に眼と意識がある人」特有の動きです。
下写真の不思議な形をした薬缶のようなものは、組紐の房を整えるのに使うのだそうです。
このような作業も、より効率的にキレイに仕上がるような工夫がされているそうです。
以下は、ほんのほんの一部ですが、中村 正さんの帯締めです。
このような、スタンダードな組紐を観ると、中村 正さんの技術の高さが分かります。
もちろん、常に「現代の着物や帯に合わせた際に映えるものを」という基本姿勢で作られておりますから、色や配色にも現代性があります。
長年培ってきた確かな技術と多くの実績がありながら、それに安住せず更新を怠らない真摯かつ柔軟な創作姿勢から生まれて来るのが、中村 正さんの組紐です。
今回、色々とお話を伺い、実演も交えて説明していただいた事で
という事が理解出来ました。
例えば、一本のスタンダードな組み方の帯締めであっても、そこには作る人の考え方、創作姿勢が強く出るものであり、そのための「加減」は無限にあり、それが出来上がりに表れるのです。
そしてそれが使われる際に、他の要素と絡み合い増幅を起こします。
実際に、和装における帯締めは大きな役割を担います。
着物を着る際に、帯を胴に縛って固定する用途はもちろんですが、例えば帯締め一本の効果で、同じ着物と帯の組み合わせを変幻自在に操る事が出来ます。
例えば、ある時には、春に、ある時には秋に、とイメージを変える事が出来ます。
それに帯締めは、着物と帯だけでは微妙に合わないな・・・という時でも、帯締めが入る事で、むしろ着物と帯の微妙なズレを魅力に転じてしまう程の力を持っています。
面積にしたら小さい帯締めには、それだけの力があるのです。
今回、その背景を観せていただいたと思いました。
中村航太さん、ありがとうございました!m(_ _)m
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