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2月の一人映画「ちょっと思い出しただけ」に愛が止まらない

「エモすぎ恐怖症」に共感してくれる人はいるだろうか。

特に邦画だと母国語ですっと入ってくるということもあって、感情移入しすぎて苦しくなるというか吐きそうになってしまう。だから基本的にエモーショナルになってしまうことが予想される映画を観ることは避けてきた。

 がしかし、リハビリだと思ってついに鑑賞。

2月11日の公開初日、「ちょっと思い出しただけ」を観に吉祥寺へ。

一人で観に行ったのだけど、これは誰かにすすめよう!と思ったので、感想や絶対に観てほしいポイントを共有したくて、発信したくて、こうして書くことにした。

ちなみに映画館はカップルだらけでした。

わたしは一人でバレンタイン限定、ショコラスタウトを購入。

映画館で、瓶で飲むビールほんとにテンションが上がるので、一人映画のお供にどうぞ。

ミニシアターのそういうところ、大好き。

2月中はやっているであろうショコラ・スタウト

どっかで会ったことある気がする二人

この映画は、別れた後の「ようちゃん」と「てるおくん」が、てるおくんの誕生日を中心にして、付き合っていた当時を「ちょっと思い出しただけ」な作品。ようちゃんのキャラクターも何となく友達にいそうだったり、てるおくんも大学時代のバイト先の先輩に話し方が似ていたり、ほんとに個人的に思ってしまったことだけれど、絶対にこの人たちどこかで会ったことがある。

てるおくんの話し方が心地よすぎる。

独特の雰囲気、話し方、声のトーン、これがツボ。

ようちゃんが誕生日プレゼントを渡したシーンで、「こんなのくれるの~?」というセリフがあって(たぶんそうだったはず…)、ゆっくり静かな声質なのに何気ない一言でこんなに印象を残してくるなんて…!と感動して耳に残っている。ちょっと高めのレストランでプレゼントを渡して「えぇ!ありがとう!」じゃないところがこのカップルの雰囲気を表していて愛が止まらない。

ようちゃんのハスキーな声と笑顔にきゅんとする。

運転しながら煙草吸ってるところは格好いいし、くしゃっとした笑顔は元気系女子で可愛い。照れる状況になると「うっさい」と言ってしまうところとか、てるおくんのことをちゃんと好きなのに最後に素直になれないところとか、なんか共感してしまう。ようちゃんを見ながら、今更未練はないがあの時こう言っていれば何か違う結果になったのかもしれない、と元カレ元カノを思い出したりする人も多いような気がする。友達からの恋愛相談で、ようちゃんみたいな子いた気がするなということも思い出すかもしれない。

 

会話がリアルで胸が痛い

会話がリアルで心に刺さってしまった。

映画を観終わったあとの井の頭線で「あーーーーーー!」と叫びそうになった。

二人の会話はまさにリアルなカップル。でも話しているテンションで、付き合って数か月とかじゃないなと分かる。タクシーの中で、てるおくんの「あなた女優にならない?」から始まる茶番劇というか、これって客観的に観ていたらなんか恥ずかしい気持ちになってくるんだけど、カップルって二人だけのとき、絶対こういう良い意味でふざけた会話していると思う。
このシーンが本当に大好き。

わたしは当事者ではないけれど、ここほんとに笑っちゃう。

そして幸せな気持ち。

てるおくんとようちゃんのデートコース、絶対に楽しいから1回やりたい。

地味に好きな会話が、バー「とまり木」に来ているフミオとてるおくんとその後輩ちゃんの3人のシーン。

フミオも絶対に友達とか、友達の友達にいると思う。

またここでもふざけた会話が繰り広げられていて、大げさな感じじゃないのに面白い。飲み屋で仲良い友達と内輪にしかわからない空気感できゃっきゃしているような感じ、たまらなく楽しそうで入っていきたい。

後輩ちゃんは実は昔てるおくんのことが好きでその存在もようちゃんは知っていたりして、なんだかんだ二人の関係に絡みがあるんだけれど、フミオに関してはこのシーン以外で二人に絡んでいるところがないのに絶対いい奴じゃんってなってしまう魅力的な人物だった。

日付を見なくても時の流れがわかる

ここも共感ポイントだけれど、劇中のタクシーに「TOKYO2020」と書いてあったり、みんながマスクをしていたりして、自分の身近で起こっていることのような気がしてくる。

逆に思い出した二人のシーンでは、マスクをしていなかったり、乗っているタクシーの種類が違ったりする。

何年の何月何日かを確認しなくても今と過去が分かる。

主題歌を歌っているクリープハイプの尾崎世界観さんが劇中にも何度か登場するのだけど、映画の始まりでも終わりでもキーパーソン。最初と最後そこに戻ってくるのかと思ってなんか回収された気分。

出会った頃は路上ミュージシャンで、てるおくんが照明の仕事をし始めてからはライブハウスで歌うようになっていて、次はタクシーに乗れるくらいになっていて、この人だけで時の流れを理解できる構成が粋だなと思った。

この映画の主題歌がめっちゃ暗めなしっとりした曲だったらどうしよう…と映画が進むにつれてよくわからない焦りを感じていたのだけど、朝日を眺めるてるおくんの影とともに、ふわっとした軽くてちょっと明るい入り方だったから、一人で「助かった」と思った。

しっとり系だったら、それこそ井の頭線沿いで辛くて我慢できなくなって叫んでいたかも。

寝る前にちゃっかりiTunesで聴いてから寝た。

大学時代、クリープハイプのライブに誘ってくれた英語のクラスが同じだったあの女の子、元気かな、ということをちょっと思い出した。

appendix-エモすぎ恐怖症の人の個人的見解-

また最初に戻るのだけど、エモすぎ恐怖症の人っていたりするのだろうか。

「ちょっと思い出しただけ」みたいに、本当にあってもおかしくないストーリーの映画で“エモい”と表現されることが多い作品を観ると、感情移入しすぎて心のキャパシティをオーバーしてしまう。

数年前まではそれがひどくて、映画が好きと言いながら観られる映画が限られているという意味わからない状況に陥っていたのだけど、最近少しずつ緩和されてきている。

なぜだろうか。

考えた末の結論としては、昔よりもうまく傷つくことができるようになったからだと思う。

人間関係でも仕事でも恋愛でも、傷つくことが人一倍嫌い、というかとっても怖くてできる限り避けてきた。傷つくと人生の終わりのような気がしてやらなきゃいけないこともできなくなってしまう。そういう状態になることがとても怖かった。

だから傷ついていてもそれを素直に認めないようにしていたんだけど、気づいたら周りからはサバサバしている、何を考えているか分からない、と言われ、意図せぬ方向へ。

全くそんなことはなく、むしろ感情を表に出してしまうと溢れ出して蓋をするのに時間がかかるんだよなぁと心の中でしくしく(涙)。

とはいえ傷つくことは避けられないから、大学3・4年生のときに大いに傷ついてめちゃくちゃ落ちた数ヶ月間があり、それを過ぎてからは、メンタルが落ちても最近はいろんな方法があるしと思って浮上することができるようになった。

そしていい意味で前より少し鈍感になれたと思う。

だから映画を客観的に観られるようになったのかなという推測。

よく考えると感情移入しまくって苦しくなっても、わたしは別に主人公にはなれないですよね、というあたりまえなことを忘れていた。アホすぎ。

長くなってしまったけれど、「ちょっと思い出しただけ」はおすすめしたい作品だし、エモすぎ恐怖症の人もぜひ観てくださいということが言いたかった。そもそもわたしのようにエモすぎ恐怖症の人がいなければ、それまでだ…。

きっとわたしのような人間が共感して何かを感じてくれるのではないかと図々しくも思いながら、眠ります。

 

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