対談レポート:成人発達理論から考える成長疲労社会への処方箋とは〜加藤洋平氏×鈴木規夫氏による新刊記念セミナー
今回は、『成人発達理論から考える成長疲労社会への処方箋』を出版された知性発達学者・加藤洋平さんと、一般社団法人Integral Vision & Practice代表理事・鈴木規夫さんの対談イベントに伺った際のまとめです。
株式会社アントレプレナーファクトリー(enfac)が主催した今回の対談は、鈴木さんが聞き役となり、加藤さんへ『成人発達理論から考える成長疲労社会への処方箋』の内容を踏まえた上で、さらに執筆を終えて以降の心境や見えてきた景色を伺うという濃密な時間となりました。
今回の対談については、まず、私自身がどのような興味関心から、どういった経緯で参加するに至ったのか、その文脈とともにまとめていきたいと思います。
成人発達理論の探究の契機
ティール組織とインテグラル理論
一般社団法人Integral Vision & Practice代表理事である鈴木規夫さんとのご縁は、私が『ティール組織』という組織、経営、社会に関するアイデアを探求してきたことがきっかけでした。
フレデリック・ラルー著『Reinventing Organizations』は、日本では2018年に『ティール組織』という邦題で出版され、500ページを超える大作でありながら、2023年現在では10万部を超えるベストセラーとなりました。
本書の中でラルー氏は人類誕生以来の組織構造の変化の歴史を、思想家ケン・ウィルバー(Ken Wilber)の意識の発達理論・インテグラル理論(Integral Theory)を用いて説明していたため、より良い組織づくりのための研究領域として成人発達理論と呼ばれる領域によりスポットが当てられるようになりました。
そして、『ティール組織』出版以降、国内ではケン・ウィルバーの絶版本が再度出版される、新たな邦訳本が出版される等、発達理論および意識の変容に関する書籍が相次いで出版されました。
このような流れの中で、2011年の時点でインテグラル理論および意識の発達段階を対人支援・ビジネスの領域で活用する書籍『インテグラル・シンキング』を出版されていたのが、鈴木規夫さんでした。
『ティール組織』出版以降、いわゆる成人発達理論がビジネスの領域に広く紹介されるようになり、安易に人を測定する物差しとして活用される危険性も高まりました。
上記のような視点が欠けたままでは、物差しは偏った使われ方をしてしまいます。
このような中、鈴木規夫さんはケン・ウィルバーに限らず、ロバート・キーガン(Robert Kegan)、ザッカリー・スタイン(Zachary Stein)、スィオ・ドーソン(Theo Dawson)、スザンヌ・クック・グロイター(Susannne Cook-Greuter)といったさまざまな学派、流派に属する研究者たちや研究・実践の潮流を踏まえつつ、実際に対人支援の領域で成人発達理論を活用するとはどういうことかについて、2021年に著書を出版されました。
上記のような背景も手伝い、私自身も理解を深めていくために読書記録としてまとめています。
社会の文脈・構造と成人発達理論
『インテグラル理論』を提唱したケン・ウィルバーをはじめ、意識の発達段階の研究者の多くが、ある集団、ある組織、ある社会における慣習・文化・意識段階が個人に対して大きな影響を与えていることを言及しています。
私自身もまた、『ティール組織』に端を発した人の意識について探求を進めているうちに、人々を取り巻くより大きな構造……産業構造、政治、経済といったものが人の意識に及ぼす影響について理解を深めていく必要性を感じていました。
日本において、いち早く『ティール組織(Renventing Organizations)』の潮流を海外から伝えてくれた先駆者であり、『実務でつかむ!ティール組織』著者の吉原史郎さんもまた、鈴木規夫さんらとの親交を深める中で同様の問題意識に直面されたのかもしれません。
吉原史郎さん、鈴木規夫さん、加藤洋平さんの鼎談企画である『成人発達理論とティール組織 各分野の専門家による対談〜Reinventing Civilization 「文明の再発明」に向けて〜』は、まさに人や組織を取り巻く「文明そのもの」について再考しようという意図から開催された、と認識しています。
この3名による鼎談の中でも、社会の構造とお金(マネー)というシステムについて議論が交わされ、その中で韓国出身ドイツ在住の哲学者ビョンチョル・ハン(Byung-Chul Han)による文明論『疲労社会』『透明社会』が、加藤洋平さんから紹介されました。
この『Reinventing Civilization 「文明の再発明」に向けて』という鼎談企画の後、私は『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』という知見について探求する中で、再び人の意識・社会の構造・お金(マネー)というテーマに巡り合うこととなりました。
今年4月、ソース原理(Source Principle)提唱者のピーター・カーニック氏(Peter Koenig)が来日され、鈴木規夫さんとピーター・カーニック氏による対談企画も開催されたのですが、ここでも焦点に当たったのは人の意識・社会の構造・お金(マネー)でした。
その際の内容については、以下の鈴木さんご自身の振り返り記事および、まとめもご覧ください。
疲労社会とハッスルカルチャー
『疲労社会(Müdigkeitsgesellschaft)』とはビョンチョル・ハン(Byung-Chul Han)によって提唱された概念であり、現在の、新自由主義(ネオリベラリズム:neoliberalism)に基づいた資本主義社会を指して表現した言葉です。
英語表現では、『The Burnout Society(燃え尽き症社会)』とも称されます。
政治経済上のイデオロギーの一つである新自由主義には、「達成主義(achievementism)」「能力主義(meritocracy)」が内在されており、新自由主義化が進んだ社会においては『ハッスルカルチャー(hustle culture)』が醸成されます。
ハッスルカルチャーにおいては、人々は飽くなき成長、成果、成功といった過剰な活動・変化の加速へと駆り立てられ、時に燃え尽き、うつ状態に陥るなど心身を疲弊させてしまいます。
人々は新自由主義、ハッスルカルチャーによって「できること」「肯定的な感情」「成果を生み出すこと」に無意識のうちに絡め取られ、「あえてしないこと」「否定すること」「無為に過ごすこと」を抑圧してしまいます。
出版社・花伝社のnoteにて著者ビョンチョル・ハン(Byung-Chul Han)の紹介および、訳者によるあとがきが一部公開されていましたので、よろしければそちらもご覧ください。
成長疲労社会とは?
『成長疲労社会』とは、先述のような『疲労社会』に関する洞察をもとに、特に人の成長と、成長を取り巻く社会文化的な事柄について現代社会を言い表した、加藤洋平さんによる造語です。
加藤さんの新刊である『成人発達理論から考える成長疲労社会への処方箋』では、先述したドイツの哲学者ビョンチョル・ハン(Byung-Chul Han)および、神学者ポール・ティリック(Paul Tillich:パウル・ティリッヒ)の観点を核としながら、現代社会への洞察が進められていきます。
本書について、対談相手であった鈴木規夫さんは
と評しておられます。
今回の対談は、加藤さんご自身の知性の発達に関する知見に加え、ビョンチョル・ハン(Byung-Chul Han)の洞察、ポール・ティリック(Paul Tillich)の人を超えた神の視点という軸をもとに、現代社会の成長を取り巻く問題について分析し、処方箋を提供しようとした本書を起点として、参加者一人ひとりに問いを投げかけていくような時間となりました。
成人発達理論から考える成長疲労社会への処方箋とは
以下、当日の対談の内容をまとめていきたいと思います。
新刊執筆の契機
まず、対談相手の鈴木さんから加藤さんへ投げかけられたのは、なぜ今、このタイミングでの新刊執筆・出版であったのか?という問いでした。
加藤さん曰く、文明論に関する調査・研究、そしてセミナーが大きくきっかけとなったこと、また、
という問いに端を発しているとのことです。
加藤さんはこれまで、発達心理学とインテグラル理論に関する研究を進めて来られました。
また、ハーバード大学教育大学院教授カート・フィッシャー(Kurt Fischer)が提唱した発達理論「ダイナミック・スキル理論」を紹介する書籍の出版、
構成主義発達理論(constructive developmentalism)のオットー・ラスキー博士(Dr. Otto Laske)の書籍の邦訳出版など、
成人発達理論に関して、より包括的にアプローチするための幾つもの道筋を日本に紹介されてきました。
しかし、
という問いに立ち返った時、この「人間の成長に関する問題を生み出している問題・構造・文化」に目を向けなければ、これまでの自身の取り組みも有意義なものとできない、と感じられたとのことです。
「人間の成長に関する問題を生み出している問題・構造・文化」とはすなわち、個人やひとつの組織を超えたより大きなコンテクスト(文脈)であり、それは先述した新自由主義に基づいた資本主義社会などに代表される社会文化的な構造などが考えられます。
執筆後、見えてきたもの
このような流れから、加藤さんは新刊執筆を終えた後、「人間の成長に関する問題を生み出している問題・構造・文化」に目を向けるための領域、メタ発達心理学、メタ成人発達理論、発達的価値学(Developmental Axiology)といった領域の確立が必要だと感じるようになったとお話しされました。
現在、人間が成長、成功、成果へと駆り立てられている中で、
そもそも何のための成長か?
そもそも、発達とは何か?
健全な発達とはどういったものか?
美しい発達とはどういったものか?
こういった視座について美学、倫理学の観点も持ちながら探求する同士を増やしつつ、『これまで投げかけられたことのない問いを投げかけていく』ことが、これからの加藤さんの指針であるといったお話もありました。
ちなみに、このような視点を持っている方はどういった人が思い浮かぶか、と鈴木さんから問われた時、加藤さんはザカリー・スタイン(Zachary Stein)、今道友信といった方々の名前を出されていました。
ポストコンベンショナル(後慣習的段階)のあり方
フレデリック・ラルー『ティール組織』出版をきっかけにより広く人の意識の成長・発達について知られるようになったものの、いわゆるティール段階の意識を持って活動することは、簡単なことではありません。
対談中、ポストコンベンショナルなあり方については、以下のように表現されました。
しかし、このあり方はポストコンベンショナル(後慣習的段階)を研究している研究者当人たちですら、体現は難しいものです。
このことについて、対談中の両名は発達理論の研究そのものが蛸壺化、矮小化されるリスクを指摘されていました。
また、ポストコンベンショナルであることは社会的・経済的なリスクを伴うこともあります。
世間一般に受け入れられている慣習的段階の視座を超えて含んだ段階がポストコンベンショナル(後慣習的段階)であり、時にその状態は不適応、異端と見做されます。
多重知性理論(Multiple Intelligences)の研究者として著名なハワード・ガードナー(Howard Gardner)においても、そもそもの価値を問う「倫理」の発達に関する研究に関してはまったく研究資金が集まらない……といったエピソードもあるとのこと。
このような社会的、経済的なリスクを負ったとしても、ポストコンベンショナルな価値観・価値基準のもとに思考し、行動できることこそが体現者である、というのがお二人の一致した見解でありました。
ちなみに、加藤さんご自身は本書を出版の際リスクを感じたり、躊躇はなかったのかについて尋ねられると、政治経済的、心理的、物理的にも環境設定ができたため、そこに躊躇はなかった、とお話しされていたのが印象的でした。
私たちは何から始められるのか?
最後、私たちは何から始めていけるのか?という問いについて、加藤さんからはこんな提案がありました。
コンテクスト・チェンジャーへのステップ
また、次なる探求へのきっかけとして、私自身も興味があるテーマ・問いが、鈴木さんから加藤さんへ投げかけられました。
だとするならば、
これについては、加藤さん、鈴木さん、そして興味を持った私自身も今後の探求と対話の中で見出されていくこととなりそうに感じました。