【開催記録】出版記念イベント:新訳版『ホラクラシー』を読み解く6つの問い
今回は、RELATIONS株式会社の石川求さんにお招きいただき、『ホラクラシー(Holacracy)』という組織運営法について新訳版の書籍を元に対談した際の記録です。
2016年に出版されたものの、長らく絶版となっていた旧約版『ホラクラシー(Holacracy)』。
2023年6月14日、英治出版より復刊・新訳版として出版されることとなり、実践を続けてきた私にとってはとても嬉しい知らせでした。
私にとってこのホラクラシー(Holacracy)は、組織の権限を分散しつつも、一人ひとりの存在、一つひとつの役割に尊敬と感謝を感じながら組織の目的実現に向かうことを可能にする組織運営法です。
ホラクラシー(Holacracy)には数々の組織運営メソッド、仕事の進捗管理術、ファシリテーションの技法、コミュニケーションの方法論が組み込まれています。
それらを丁寧に一つひとつ実践し、身につけていくだけでも日々の業務や職場の雰囲気に影響を与えていく様を、私自身も目撃してきました。
この、ホラクラシー(Holacracy)の新訳版出版を記念して開催された対談について、私自身の視点から振り返りつつ以下まとめていこうと思います。
ホラクラシー(Holacracy)
ホラクラシー(Holacracy) とは、既存の権力・役職型の組織ヒエラルキー(Hierarchy:階層構造)から権力を分散し、組織の目的(Purpose)のために組織の一人ひとりが自律的に仕事を行うことを可能にする組織運営法です。
フレデリック・ラルー『ティール組織(原題:Reinventing Organizations)』にて事例に取り上げられたことで、役職に伴う階層構造型の組織から、自律的な運営を行う組織へと移行するための方法・哲学として国内においても実践事例が増えつつあります。
ホラクラシー(Holacracy) は、2007年、Holacracy One(ホラクラシー・ワン)社のブライアン・J・ロバートソン(Brian J Robertson)と、トム・トミソン(Tom Thomison)により開発されました。
Holacracyの語源は、アーサー・ケストラー(Arthur Koestler)が提唱した Holon(ホロン:全体の一部であり、 且つそれ自体が全体性を内包する組織構造)という概念に由来します。
ホラクラシーを導入した組織では、組織の全員がホラクラシー憲法/憲章(Holacracy Constitution)にサインして批准することで、現実に行なわれている仕事を役割(Role)と継続的に行なわれている活動(Accountability)として整理し、 仕事上の課題と人の課題を分けて考えることを可能にします。
ホラクラシーにおける組織構造は『Glass Frog』という独自開発された可視化ウェブツールを用いて、以下のようにホラーキー(Holarchy)なサークル図によって表されています。(可視化ツールは他にもHolaspiritというサービスも国内では多く活用されています)
ホラクラシーを実践する組織において仕事上、何らかの不具合が生じた場合は、それをテンション(tension)として扱います。テンション(tension)は、日々の仕事の中で各ロールが感じる「現状と望ましい状態とのギャップ、歪み」です。
このテンションを、ホラクラシーにおいてはガバナンス・ミーティング(Governance Meeting)、タクティカル・ミーティング(Tactical Meeting)という、主に2種類のミーティング・プロセスを通じて、および日々の不断の活動の中で随時、不具合を解消していきます。
ホラクラシーについては、日本人初のホラクラシー認定コーチであり新訳版の解説者である吉原史郎さんの以下の記事及び、新訳版出版に際してホラクラシーのエッセンスについて語られた動画にもご覧ください。
私自身のホラクラシー実践について
私自身が、この新しい組織運営のあり方について関心を持ったのは、2016年の秋から冬にかけての頃でした。
2016年9月19日~23日に開催された『NEXT-STAGE WORLD: AN INTERNATIONAL GATHERING OF ORGANIZATION RE-INVENTORS』。
ギリシャのロードス島で開催されたこの国際カンファレンスは、『Reinventing Organizations』にインスピレーションを受け、新しいパラダイムの働き方、社会へ向かうために世界中の実践者が学びを共有し、組織の旅路をサポートしあい、ネットワーク構築を促進することができる場として催されました。
いち早く日本人として参加していた嘉村賢州、吉原史郎といった実践者たちは、この海外カンファレンスの報告会を開催することとなります。
2016年9月19日~23日に開催された『NEXT-STAGE WORLD』の報告会は、2016年10月19日に京都、10月24日、25日に東京にて開催され、嘉村賢州、吉原史郎の両名は組織運営に関する新たな世界観である『Teal組織』について紹介しました。
※日本におけるフレデリック・ラルー『ティール組織』出版は2018年1月24日。
これ以降、当時私が参加していた特定非営利活動法人場とつながりラボhome's viは『ティール組織』探求を始め、同年2016年11月以降、『Reinventing Organizations』の英語原著を読み解く会も始まりました。
また、2017年6月以降はhome's vi自体をティール・パラダイム的な運営へシフトするため、『ティール組織』で事例に挙げられていた組織運営法であるホラクラシー(Holarcacy)の導入を行う運びとなりました。
当初は、NEXT-STAGE WORLD以降、嘉村らとコミュニケーションしてきたメンター、ジョージ・ポー氏(George Pór)にご協力いただき、またミーティング・プロセスの伴走はホラクラシー(Holarcacy)の実践を深めていた吉原史郎さんに参加してもらうことで進めていきました。
私自身は2017年7月以降、ホラクラシー(Holacracy)のファシリテーターとして実践を積み始めました。
これ以降、私にとっての新しいパラダイムの組織づくりの探求は、ホラクラシー(Holacracy)を軸に進んでいきます。
2017年11月、2018年8月には、ホラクラシーワン創設者トム・トミソン氏(Tom Thomison)、ヨーロッパでのホラクラシーの実践者であるクリスティアーネ・ソイス=シェッラー氏(Christiane Seuhs-Schoeller)らを招聘したワークショップのスタッフとして参加し、
2019年9月には、ホラクラシー(Holacracy)の開発者ブライアン・ロバートソン(Brian Robertson)が講師を務める5日間のプログラムにジョインし、そのエッセンスや源泉に触れることを大切にしてきました。
この間、さまざまなラーニング・コミュニティやプロジェクトチームが立ち上がり、それらのプロジェクトメンバーの一員として参加する過程で、ホラクラシー実践におけるファシリテーションや組織の仕組みづくりについての実践を積み重ねてくることができました。
RELATIONS株式会社
RELATIONS株式会社は、『会社に生命力を(Exploring a Living Company)』をパーパスに掲げ、コスト改善、組織開発をはじめとするコンサルティングに携わる企業です。
私がRELATIONSとより深く関わるようになったきっかけは、代表の長谷川博章さんと令三社の山田裕嗣さんの対談に参加したことです。
この対談企画の中で長谷川さんは、トム・ニクソン『すべては1人から始まる(原題:Work with Source)』で紹介されたソース原理(Source Principle)のほか、ケン・ウィルバー『インテグラル理論』、そしてホラクラシー(Holacracy)を組織運営のための方法論・レンズの1つとして活用されていることをお話しされており、実際にRELATIONSではどのように活用されているのかが気になっていました。
その後、ホラクラシー(Holacracy)を活用した社内ミーティングのオンライン見学ツアーも毎月開催されているのを知り、基礎編・応用編にも参加させていただきました。
その際に今回の企画の話が立ち上がり、RELATIONS株式会社の石川求さんとご一緒することになりました。
対談を通じての気づき・学び
対談の運営方法
当日の対談では、RELATIONSの石川さんと私が互いに3つずつ、合計6つの問いを持ち寄り、その中から最も熱量の高い問いを中心に2人で対話を深めていくという形式を取りました。
持ち寄った問いは、以下のようなものです。
また、一定時間後に参加者の皆さんには3人1組程度でグループに分かれてもらい、気づきや感じたこと等についてお話しいただく時間も設けました。
その後、グループでの気づきや話された内容などを場に投げていただき、それらを拾いながら石川さん、大森の2人で対談を進めていきました。
当日は20名ほどの方にお越しいただき、ホラクラシー(Holacracy)の実践経験も5年以上の方から今回の新訳版を機に学び始めたという方、『ティール組織(Reinventing Organizations)』の関連で耳にしていたことがある等、さまざまな方にご参加いただきました。
開発者ブライアン・ロバートソンのストーリー
対談の中では、まず著者であるブライアン・ロバートソンについて改めて確認するところから始まりました。
ホラクラシー(Holacracy)を実践する上で、どのような組織にも「なぜ、ホラクラシーを取り入れたいのか?」という独自の文脈、背景、ストーリーがあります。
では、ホラクラシーの開発者であるブライアン・ロバートソン自身はどのような背景があったのか?について触れることは、私たちの独自の文脈と照らし合わせる上で重要です。
書籍を読み解くと、ブライアンもまた階層的な組織構造に悩まされてきた人物であることがわかってきます。
役職に基づいた権限の階層構造が存在する組織である場合、何か現場で気づいたことや提案をするにも上司の許可や承認が必要になります。
提案の影響範囲が大きいと見做されると、相談を受けた上司はさらにまたその上司へと許可や承認を得るプロセスが発生し、現場に許可や承認が降る頃にはまた違った問題が発生している、ということも起こりえます。
また、そもそも権限を持たないメンバーはその意見を無視されたり、却下されることさえあります。
このような状況の中でブライアン自身は、出世の階段を登りながら組織内での立ち位置を確立していくという経験もしていきますが、その過程で社内政治や駆け引き、官僚的な組織構造による慣行など、直接、組織のパーパス実現につながらない要素と戦う必要に迫られました。
そんな中で、ブライアンもはたと気づきます。
そして、従来の官僚的な組織構造に捉われない組織を作ろうと自身で起業も試みたのですが、知らず知らずのうちにブライアン自身もかつての自分のいた組織のような階層構造を作ってしまっていた、というエピソードを紹介してくれています。
また、上記の組織に関するエピソードに絡めて、ブライアンは自家用飛行機の単独飛行試験の際のストーリーも書籍内で紹介してくれています。
フライト中、見慣れない計器が点滅していましたが、ブライアンにはその点滅の意味がわかりません。自分がわかる範囲の計器類を一通り確認した後、その点滅を多数決によって無視し、ブライアンはフライトを続行しました。
その結果、ブライアンは嵐の中、灯りも無線もないガス欠寸前の飛行機を操縦しつつ、国際空港の空域を侵犯するという事態に陥ってしまいました。
このような事態は、組織運営においても起こりうることだとブライアンは考えました。
組織内で発せられるそうしたシグナル(つまり、テンション)には1つひとつに重要な意味が含まれている可能性があり、それら1つひとつを丁寧に扱っていく、ということもまた、ホラクラシー(Holacracy)の仕組みに反映されることとなりました。
このようなブライアンのストーリーを知るだけでも、ホラクラシー(Holacracy)に対する見え方が変わってくるのではないでしょうか。
パーパスの原義に立ち返る
対談の後半戦は、参加者のお一人から出していただいた『テンションと単なる愚痴の違いとは?』という問いかけをもとに話を進めていくこととなりました。
また、その中で話されたのは、そもそものパーパスの原義はどのようなものか?ということと、そのパーパスとテンションのつながりを紐解いてみてはどうか?ということでした。
新訳版書籍において、パーパスに関して吉原史郎さんは以下のように解説をされています。
では、ティール組織にも取り上げられるパーパスという言葉を考案したブライアンは、パーパスをどのようなものとして捉えているのでしょうか?
そして、パーパスとホラクラシーの関連については、ブライアンは以下のように述べています。
このように捉えてみると、組織のパーパスが変化していくものである、という質感もより具体的に捉えることができます。
組織体の変化の中で、共同創業者のうちの1人が去る、あるいは新入社員を迎えるといった、所属する人材の変化によっても表現できるパーパスに変化が現れます。
また、その組織が置かれている産業や市場空間の変化によってもまた、表現できるパーパスに変化が現れます。
テンションは、パーパスに向かう組織活動の中で日々発生しうるものであり、頭(思考)で考えた「問題」だけはなく、心や感情で感じ取った「違和感」や「モヤモヤ」もまた大切なテンションであると、解説者の吉原史郎さんも述べています。
テンションが単なる愚痴かどうかは、それを発した人の中にある「何が必要か?」というところに寄り添うことで、明らかになってくるように思われます。
また、そもそも単なる愚痴が表現される、ということも大切なポイントです。
もし、何のテンションも組織内で表現されない場合、疑心暗鬼が蔓延したり、社内政治が復活したり、突然の離職といった状況も起こりえます。
心理的安全性(Psychological Safety)を提唱したエイミー・C・エドモンドソンは、医療チームにおいて高い成果をあげるチームほどミスの報告数が多い、という研究報告を行なっています。
この報告からも、何か感じたことを率直に表明できることはチームとして優秀な成果を上げることにつながりうる、ということが言えるでしょう。
ブライアンのストーリーからも伺えるように、また、ブライアン自身の表現でもありますが、テンションは組織が持つ最も素晴らしい資源(the organizetion's greatest resources)だという前提が、ホラクラシー(Holacracy)には存在しています。
何かテンションが発生した際は、ミーティングプロセス中ではファシリテーターが、日々の業務の中では気づいた誰かが、「あなたの感じたテンションを解消し、次につなげるために何が必要ですか?」といった問いかけを行い、寄り添う姿勢や文化が重要です。
そして、それでもなお食い違いが起こった場合は、そもそもなぜ私たちはこの組織に集っているのか?そのパーパスはどのようなものか?について対話する、ということも大事になってくるように思われます。
以上、ここまでが対談中に扱えた内容でしたが、まだまだ話し足りない部分もあり、今後とも参加いただいた皆さんやRELATIONSの皆さんとも場をご一緒する中で理解を深め、この叡智を広げていくための協働ができればと感じています。
貴重な機会をいただくことができ、新訳版を世に送り出すために尽力いただいた皆さん、これまで協働を共にする中で知見を深めてこれた多くの仲間に改めて感謝したいです。ありがとうございました。