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紫がたり 令和源氏物語 第十三話 帚木(九)

 帚木(九)

源氏は思いもよらぬ逢瀬に女を忘れることが出来なくなりました。
なんとか連絡をとる手段はないものかと画策します。
弟の小君は優れた様子であるのに、後ろ盾が無いということでしたので、この子を使って何とか文を交わし、もう一度逢えないものかと側近くに召しました。
小君は尊敬する源氏の君に気に入ってもらえたのがうれしくて、何をするにも一生懸命です。
「お前の姉とは知らぬ仲ではないのだよ」
という源氏の言葉を深くも考えずに、姉の元へと文を運びました。
女はもう二度と源氏に逢う気は無かったので、
「宛先が違いますよ」と冷たく、取り付く島もありません。
それにつけても小君を使うなどと、迂闊な子供のすることなので、世に噂でもたてば大変なことになります。
かといってこのまま源氏に忘れ去られるのも寂しいもので、女心の複雑さゆえに日々溜息を漏らしているのでした。
女の本心を知らず、こまめに文をやっても返事さえ来ないことを源氏は恨めしく思っておりました。
あの後今一度方違と称して中河の家を訪れましたが、女は見事に隠れて逢うこともできず、思い切ってしまおうにもあの夜の感触が脳裏に浮かんで惜しく思われます。
源氏は女の心があまりにも固いのを憎く思い、詠みました。


 帚木の心を知らで薗原の
    道にあやなくまどいぬるかな
(私はあなたの本心も知らずに、あなたを求める道に訳もなく迷ってしまったようですよ)

帚木とは信濃の薗原にあって、遠くから見るとあるように見え、近くに寄って見ると形が見えないという伝説の木のことです。
美しい手蹟にしみじみと自分を想って詠まれた歌を見た女はさすがに心を動かされ、たまらずに筆をとりました

 數ならぬふせ屋に生ふる名の憂さに
       あるにもあらず消ゆる帚木
(あなたの身分を考えるとものの数にもならぬ賤しい身の上で、いたたまれずに消えてしまう帚木は私自身でしょう)

すべてがもう遅いこと、と諦めているのにときめく気持ちが抑えられないのです。
そんな自分自身の複雑な気持ちを歌に詠んだものでした。

女らしい柔らかい文字が薄墨で品よく書かれ、とりたてて優れた歌というわけではありませんでしたが、女の人となりがよく表れていたもので、しみじみとやはりもう一度逢いたいと願わずにはいられないのでした。

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