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#ショートショート
「直感」文学 *遠くから見た、いつもの人*
同じ家に住んで、同じものを食べて、同じ布団で寝てる。
僕はあの人のこと、ほとんど全てを知っているって思ってた。
偶然、彼女を街で見かけた。出版社で働く彼女は、いくつもの書類を腕に抱え、もう片方の手には携帯電話を持ち電話をしている。渋谷の街を忙しなく歩く彼女は、いつも家で見るグータラな彼女とは一味も二味も違った。
テレビは付けっぱなしで寝ちゃうし、布団はちゃんと掛けてない。トイレを出た後は
「直感」文学 *寒いからさ*
風が冷たい、優しく撫でるようなものなんかじゃない。これは、肌を痛めつけるようなもんだ。
「寒いなぁ」
隣でユリはそう言った。顔が埋もれてしまうくらいに分厚く、長いマフラーをぐるぐると巻きつけているのに、その隙間から見える頬は赤く染まっていた。それだけでも寒さが伝わってくる。
「冬、早く終わらないかなぁ」
僕は彼女にそう答えた。吐いた息は白く、風にさらわれてすぐに見えなくなってしまう。
「冬、好き
「直感」文学 *風向きが変わる*
風向きが変わった。
そう思ったのは、ただそう思いたいと自分が勝手に考えていたからかもしれない。
「今年一年は、とても空虚に過ぎ去っていったわ。泡がはじけるみたいに」
僕がまだ子供だった時に言った、母の言葉が今でも忘れられない。もうずっと前の言葉だ。それなのに、頭の中に残るシミみたいに、いつまでもその場所を占拠していたのだった。
「ねえ、今年一年はどんな年だった?」
妻は僕にそう聞いた。
「そう
「直感」文学 *夜の訪問*
ポスターを見たのは、13日だった。
その晩、既に占められているシャッター脇に、寂しそうに、だけど強く主張していたそのA4版のポスターを僕は少しの間見つめてしまう。
「……ああ、そういえば、元々そうだったよな」
暖かい息は、冷たいこの空気の中で白く染まる。時計を見る。日付は13日だった。時間は22時を過ぎようとしていた。この店は何時に閉まるんだろうか……。
次の日、同じ店の前に僕はいた。
時
「直感」文学 *ただ、それだけ*
花を渡したかっただけ。雪の降るその日、暖かいネオンの下で僕は君を待っていた。
僕はただ、君に花を渡したかっただけなんだ。
だけど君は来なかった。だから花は死んだ。うな垂れた首が示すのは、悲しみよりも絶望に近い。
君は来なかった。あの日、待ち合わせをしたあの場所に。
ずっと一緒にいて欲しいとも言いたかった。だけどそれは傲慢過ぎる。だから、ただ花を渡したかっただけ。
だけど君は来なかった。
……
「直感」文学 *見えない鍵*
「ああ.......」
不意に漏れたのはそんな情けない言葉だけだった。
いや、最初から間違っていたのかもしれない。
そもそも僕は自分の会社のセキュリティのことなんてあまり知らなかった。それが原因だ。
セキュリティーカードを持っている。鍵だって持っている。
それなのに、僕は会社のエントランスから出ることが出来ずに、天井からは甲高いブザー音が鳴り響いている。
ドアは固く閉ざされ、僕になす術
「直感」文学 *十分な落ち着き*
雑多とした風景が目の前に広がっている。
ここは大して高いとも言えない3階。
ビル群がひしめき合い、それぞれが煌々と看板の明かりを灯していた。
待ち合わせまではまだ十分に時間があるから、僕は近くにあったこのカフェで時間を潰していた。
やりかけの原稿を仕上げてしまいたいたかったこともあったし、なにより落ち着く場所で一息つきたかった。
ここはそんな僕の気持ちをくみ取るように静かで、