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刻のむこう

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玉条凪シリーズ。 2007年頃に書き上げたもの。 一部、暴力表現、残酷描写あります。苦手な方はご注意を。
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刻のむこう 終章

 数日後。隆太郎は有栖川の依頼に対する正式な報告書を送り、玉条凪の件も様々な雑事を済ませたところで改めて晴楼の部屋を訪れていた。
 二人の間にあるのは暖かい湯気を上げる紅茶。どうやら晴楼は隆太郎の淹れる紅茶をすっかり気に入ってしまったようだ。ティーカップを取り上げながら、晴楼はどこか満足そうな溜息を落とす。その様子に笑い、隆太郎は今回晴楼の自室を訪れた用件を切り出した。
「俺さ、しばらく外にいよう

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刻のむこう 30

 凪の頬に触れた指先から、彼の心を占める戸惑いと認識する事を躊躇っているような安堵の色が流れ込んでくるようだった。その感触に、晴楼は強く頷き返す。途端、凪の体から力が抜け晴楼の腕を伝うように傾いた。そっと華奢な体を抱きとめ、晴楼は一度強く凪の体を抱きしめる。
「当主殿。彼を病院へ」
 控えていた男が晴楼に言葉を投げる。腕の力を抜き、晴楼は肩越しに男に視線を投げた。一度頷き返し、言葉を続ける。
「す

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刻のむこう 29

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 隆太郎達はゆっくりと目的の家に近付いていく。周囲は閑静なと称するに値する住宅街。夜の闇に包まれた静かな空気の中を、隆太郎含む男達は慎重に足を進めていく。目的の家の前に立ち止まり、中の気配を伺う。
(静か過ぎる? けど気配は確かにある………)
 胸中に零し、隆太郎は頭を持ち上げそうになる恐怖を捻じ伏せた。過去の過ちを再び犯すわけにはいかない。今度こそ………どのような方法を選択したとし

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刻のむこう 28

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 それから一時間と経たず、隆太郎は晴楼の指名を受けた男達五名と合流していた。二台のセダンに分乗してやってきた男達に、隆太郎は目礼する。そして電話口で晴楼にしたのと同じ説明をはじめた。
「忙しい中ありがとう。急遽、保護しなきゃならない子がいるんでその為に来てもらったんだ」
 隆太郎の言葉に、一人が声を挟んだ。
「詳しくは当主殿から聞いている。事態はあまり時間的余裕がなさそうだ。すぐに発

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刻のむこう 27

「大人しく来い」
 一人が低い声で凪に命じる。途端、弾かれたように凪は男達から離れようと窓に近い壁に走り出した。縋るように壁に手を突き、凪はそこで動けなくなる。恐怖に支配された体は、逃げようとする凪をその場にうずくまらせがんじ搦めにする。
「連れて行くぞ」
 別の男が言葉を投げる。あっという間に近付いてきた男達は、凪をぐるりと囲みその小さな体を押さえつけようとする。
 刹那。凪の中で恐怖を上回る衝

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刻のむこう 26

 床の上に膝を突き、亜早乃は凪をそっと抱き寄せ髪を梳いた。常ならばそれだけで安心できるはずの亜早乃の仕草が、今は何故か不安ばかりを煽る。息苦しい程の不安に、凪は震えだす体を抑えることが出来ない。
「凪? どうしたの? 大丈夫、すぐに電気点くわよ」
 亜早乃が凪を抱きしめる腕に力を込める。凪は亜早乃の背中に腕を回し、震えの止まらない体を何とか抑えようとする。
 不意に、何かが凪の意識に触れた。ざらつ

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刻のむこう 25

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 隆太郎が新幹線の座席に落ち着いた頃。
 そこはどこにでもあるような、区画整理された住宅街。似たような作りの家が立ち並ぶその一角に、有栖川の屋敷で隆太郎が鉢合わせた者達より、明らかに実力も経験も積んだ者が四名。一軒の家の周囲に集まっていた。
 彼らの視線の先にあるのは殺伐とした雰囲気とはかけ離れた、穏やかな家族の団欒を滲ませる温かな家。道路に面した塀に掛かる表札には、玉条(ぎょくじょ

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刻のむこう 24

   16

 有栖川の家を後にした逢坂は、程なく幸広所有のマンションへと足を向けた。この時間ならば幸広は間違いなく自宅にいるだろう。未婚の幸広は、仕事以外で他者と関わる事を避ける傾向にある男だ。
 自宅に招き入れられる相手は、彼の腹心の秘書と彼と良好な関係を作れている者だけだ。それはつまり、逢坂にとっては仕事が遣りやすいという事。
 幸広の自宅マンションに辿り着いた逢坂は、ゆっくりと一つ息を吐き

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刻のむこう 23

 謝る逢坂に、隆太郎は首を振ってみせる。ゆっくりと言葉を唇に乗せた。
「逢坂さんが謝る事じゃいでしょ? 俺としては少し助かった事もあるし。気にしないでよね!」
「それならば良いのですが………」
 苦笑し隆太郎は深く息を吐く。逢坂の申し訳なさそうな視線に笑顔で頷き返した。隆太郎は、先程の者達と相対した時から強くなっている苛立ちの原因を探るようにそっと目を細める。しかし核心に近づけそうになると、途端に

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刻のむこう 22

   14

 屋敷に入った隆太郎は、玄関の明かりで返り血を浴びていない事を確認し、一旦逢坂のあてがわれている部屋に戻った。据付の洗面室で懐刀に付いた朱をきれいに洗い流し、ソファに放り出したままの荷物の元へと足を向ける。
「やっぱ、着替えるか」
 ふっと肩の力を抜き隆太郎は荷物の中から着替えを取り出した。手早く着替え、懐刀を布に包み直し懐に忍ばせる。軽く首を回し緊張を解いた足取りで廊下へと向かった

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刻のむこう 21

 標的にされた男の反応は明らかに隆太郎に劣っている。慌てた様子で隆太郎の懐刀を受けようとするが一瞬遅い。懐刀が僅かに月の光を映した刹那、男はゆっくりと膝から崩れ落ちていた。その隣にいた男が恐怖の滲む目を隆太郎に向ける。
「殺れッッッ!」
 隆太郎との圧倒的な実力差を見せ付けられながらも、リーダー格の男が怒りに任せ叫んだ。真っ先に飛び出せば、他の者達があとに続く。リーダー格の男のナイフを受け流し、隆

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刻のむこう 20

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 屋敷の四角に当たる庭の片隅に、暗色の服に身を包んだ男が数名。夜闇に紛れて姿を現した。男達の手にはそれぞれ愛用の獲物が握られている。
「準備は良いな? 間違いなく標的は仕留めろ。どんな事をしても良いって言われてんだ。なにがなんでも殺れ。向かってくる奴らもまとめてだ、良いなッ!」
 興奮を捻じ伏せたような声音で告げ、男は唇に酷薄な笑みを湛えた。これから彼らが行おうとしている血の宴に、早

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刻のむこう 19

 その落差が、かえって決行の時期が近いことを彼らに伝える結果になっていた。そのことに笑いを漏らし、隆太郎は楽しげに言葉を唇に乗せた。
「逢坂さんから貰ってる報告読む限り、在り得るね。………なんか、相手さん素人臭いやり方に見えちゃうけどさ。もしかしたらなんてことなく片付けられちゃいそうじゃない?」
 笑ってみせ、隆太郎は壁に作り付けのカウンターに茶器セットがあることに気付きソファから立ち上がった。急

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刻のむこう 18

   12

 夕刻の気配が色濃く空気を染める頃。隆太郎はこちらもまた、外で動いている同じ部署のものと新幹線の到着駅で落ち合った。機動性を重視し、今度もまたバイクを届けてもらっていたのだ。そのバイクに跨り一路、有栖川の屋敷を目指す。
 丁度帰宅ラッシュの時間帯に鉢合わせた事もあり道路は何処も渋滞していたが、そこはバイクの利点。僅かな車間を縫うように抜け、さほどの時間も要さず隆太郎は有栖川の屋敷に到

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