刻のむこう 22

   14

 屋敷に入った隆太郎は、玄関の明かりで返り血を浴びていない事を確認し、一旦逢坂のあてがわれている部屋に戻った。据付の洗面室で懐刀に付いた朱をきれいに洗い流し、ソファに放り出したままの荷物の元へと足を向ける。
「やっぱ、着替えるか」
 ふっと肩の力を抜き隆太郎は荷物の中から着替えを取り出した。手早く着替え、懐刀を布に包み直し懐に忍ばせる。軽く首を回し緊張を解いた足取りで廊下へと向かった。
 廊下に出た隆太郎は真っ直ぐに逢坂のいる部屋を目指す。長い廊下を辿り階段を下りる。辿り着いたのはダイニングだった。ノックをし、返答を待つ。
「入りなさい」
 有栖川の声に従いドアを開けると、丁度食事が済んだところのようだ。有栖川が上座に座り、その右に桐生。左に香原沙千がいる。有栖川の傍らに立つ逢坂が歩み寄ってきた。それに頷き返し、隆太郎は真っ直ぐに有栖川の前に進み出る。礼を取り報告の言葉を唇に乗せた。
「外にあった者達は全て始末いたしました。今宵中に私共の方で片付けます」
 隆太郎の言葉に重く頷き返し、有栖川は桐生と沙千に穏やかな笑みを向ける。そっと沙千を手招きし、膝に抱き上げた。沙千の髪をその大きく暖かな手でやさしく撫で、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を落とす。
「沙千、もう大丈夫だ。恐い事はないのだから怯える事はないぞ?」
 有栖川の言葉に小さく頷き返し、沙千は恐る恐る隆太郎に視線を向けた。その視線にやさしくに頷いてみせ、隆太郎は片膝を突き沙千と目の高さを合わせる。
「もう大丈夫です。今まで恐かったでしょうが、これからはもう、貴方を恐がらせるモノは来ませんよ? もし私が恐いなら、すぐに失礼します」
 隆太郎の言葉に小さく頷き返し、沙千は有栖川の膝から降りた。そっと手を伸ばし隆太郎の頬に触れる。
「ありがとうございます。貴方の事は恐くありません。僕の大切なお祖父様と桐生を助けてくれたんですよね?」
 確認するように告げた沙千に鮮やかな笑みで頷き返し、隆太郎はそっと沙千の手を取った。
「そうです。私も貴方や貴方の大切な方の力になることができて嬉しく思います」
 答えた隆太郎に少しばかり照れた笑みを返し、沙千は彼にとって最上と思える丁寧な一礼を隆太郎に送った。それに頷き返し、隆太郎は有栖川に視線を向ける。
「お寛ぎの時間を乱し、申し訳ありませんでした。この後の打ち合わせもありますので、私と逢坂は一度失礼させていただきます」
「相判った」
 短く答えた有栖川に礼を取り、隆太郎は逢坂に目配せし踵を返す。その背を見送り、有栖川は小さく吐息したのだった。

   15

 逢坂と共に彼のあてがわれている自室へと戻った隆太郎は、カウンターに直行し二人分の緑茶を淹れた。湯飲みを両手に持ち、ローテーブルに置く。
「お疲れさまです」
 隆太郎の向かいに座り逢坂が笑った。それに溜め息で返し、隆太郎は湯飲みを口に運んだ。ゆっくりと一口飲む。
「どういたしまして。なんか拍子抜けする相手だったな~」
 苦笑交じりに零した隆太郎に、逢坂は問う視線を投げた。湯飲みを取り上げ湯気越しに隆太郎の表情を覗う。
「ん~。なんかね、殺気だけは一人前なんだけど、全っ然実力無い奴等だったんだよね」
 笑ってみせ、隆太郎は一息に緑茶を干した。
「そうでしたか。それはかえって申し訳ないことをしましたね」

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