刻のむこう 19
その落差が、かえって決行の時期が近いことを彼らに伝える結果になっていた。そのことに笑いを漏らし、隆太郎は楽しげに言葉を唇に乗せた。
「逢坂さんから貰ってる報告読む限り、在り得るね。………なんか、相手さん素人臭いやり方に見えちゃうけどさ。もしかしたらなんてことなく片付けられちゃいそうじゃない?」
笑ってみせ、隆太郎は壁に作り付けのカウンターに茶器セットがあることに気付きソファから立ち上がった。急須の茶葉を湯零しに開け二人分の緑茶を淹れる。逢坂に片方を手渡し自らも湯飲みに口をつけた。
「さぁて。素人臭く見える相手さん、今夜動くと踏んで間違いなさそうだね。逢坂さんは?」
問われ、逢坂は真っ直ぐに隆太郎の目を見返し同意を込めて頷き返す。小さく唇を舐め言葉を続けた。
「既に把握済みでありましょうが、有栖川殿のもう一人の孫である香原沙千という少年が少し前に到着しております。あちらが動くならば、私も今宵辺りだと予測しています」
「だよねー。やっぱ、ここは正面衝突で気持ち良いくらい撃墜しておいてあげなきゃだよね? 二度と俺らの前に顔出せないくらいまでに、さ」
余りにも軽い調子で当然のように隆太郎が剣呑な言葉を投げる。しかし、その目も表情も、どこか楽しげな色が滲み出ていた。その様に微苦笑を浮かべ、逢坂は小さく溜息を落とす。
「そうですね。今回が最初で最後の遭遇、として認識してもらいましょう」
珍しく剣呑な言葉を唇に乗せた逢坂を楽しげに見やり、隆太郎は声を上げて笑った。ひとしきり楽しげに笑い、ふっと真剣な色をその目に閃かせる。
「さぁて。久々に俺も暴れさせてもらおっかな! 実践から離れると、どうしても勘が鈍っちゃうからね~」
楽しげに喉を鳴らし、隆太郎は真剣な色を宿したままの目で窓の外を見やる。隆太郎に頷き返し、逢坂もまた小さく笑った。
「ではそろそろ、準備をされますか?」
「あ、それは心配後無用! 俺全部用意してきたから!」
言いながら隆太郎はカウンターに湯飲みを戻し、床の上に投げ出していた鞄から懐刀を取り出す。絹の袋を取り払い、目の高さに上げ鞘からそっと抜く。手入れのされた刀身は室内灯に黄色味を帯びた白色の光を弾く。ゆっくりと鞘に懐刀をしまう。
刹那。重すぎる鈍器のような殺気が屋敷をぐるりと取り囲んだ。その気配に隆太郎は鮮やかとも見える笑みで面を飾る。
「相手さんお出ましだね。タイミング良過ぎ! 俺まで歓迎されちゃった?」
楽しげな言葉を投げ出し、逢坂と視線を交し頷き合う。逢坂はソファから立ち上がり使い慣れた懐刀をベッドのサイドテーブルに取りに行く。スーツの内ポケットに忍ばせ、隆太郎の元へと戻ってきた。
「じゃ、外の連中は俺が回るね。逢坂さんは有栖川さんとその孫達を一部屋に集めて一緒にいてあげて」
隆太郎の告げた言葉に軽く眉を上げ、逢坂は問うた。
「巫殿だけではあちらの人数を引き受けるのは面倒ではありませんか?」
逢坂の言葉に鮮やかな笑みを返し、隆太郎はあっさりと頷いてみせる。
「うん。俺一人だと取りこぼしもあるかも? 逃げ足速い奴いたらだけどさ。だーかーら、逢坂さんには念の為に有栖川さん達の所にいてもらいたいんじゃん。俺が取りこぼした奴らが大人しく引いてくれるとも思えないし?」
なんでもないことのように告げ、隆太郎は真っ直ぐに逢坂の目を見詰めた。その目には逢坂に対する無条件の信頼が強く浮かんでいる。逢坂ならば、万が一隆太郎が取り逃す者があっても確実に仕留めてくれる、と。その信頼に逢坂は確かに頷き返した。
「解りました。そういう事でしたら、有栖川殿の元で待たせていただきます」
「よろしく! 終わったら報告行くからさ」
片目を瞑ってみせ、隆太郎は懐刀を握りなおす。早々にドアへと踵を返した。