刻のむこう 21
標的にされた男の反応は明らかに隆太郎に劣っている。慌てた様子で隆太郎の懐刀を受けようとするが一瞬遅い。懐刀が僅かに月の光を映した刹那、男はゆっくりと膝から崩れ落ちていた。その隣にいた男が恐怖の滲む目を隆太郎に向ける。
「殺れッッッ!」
隆太郎との圧倒的な実力差を見せ付けられながらも、リーダー格の男が怒りに任せ叫んだ。真っ先に飛び出せば、他の者達があとに続く。リーダー格の男のナイフを受け流し、隆太郎は左右から飛び掛ってきた男達を返す刀で仕留める。どちらも喉を深く切り裂かれていた。
怯む気配を見せながらも、残る二人が同時に隆太郎の懐刀を持った利き手を狙う。しかし、隆太郎は後ろに飛び退く事でそれを避けた。懐刀を逆手に握り直す。そこへリーダー格の男が勢いに任せ飛び掛ってくるが、隆太郎の懐刀が男の腹部を深くなく抉った。悲鳴というには余りに耳障りな叫びが上がる。ついでのように男の獲物を無造作に蹴飛ばした。
リーダー格の男でさえ軽くあしらわれた目の前の状況に、残された二人は逃げ腰になる。その様子に、隆太郎はいっそ哀れむような色をその目に映した。
「あんたらで良いからさ、雇い主殿に連絡とってくれる? 何かしら連絡手段は持ち歩いてんでしょ?」
静かに二人の男との距離を詰めながら隆太郎が囁く。その言葉にさえ恐怖を煽られるのか、答えは無い。恐怖だけが伝わってくる。
「弱い犬ほど良く吠えるって言うけど、まさにそれだよね? こんな事なら俺がこっちに来る手間も無かったかな?」
笑みを含んで響く隆太郎の言葉に、男達はとうとう背中を向けて逃げ出した。その背中を溜息混じりに眺めやり、隆太郎は男達を追う。恐怖に縺れた男達と、確実に標的を仕留める事を目的とした隆太郎では結果は明白だ。軽く、戯れのように男達に追いついた隆太郎は懐刀を一閃させた。
一人が頚動脈を切断され、声もなく前のめりに地面に倒れ込む。返す刀でもう一人の心臓を背後から正確に深く抉り、隆太郎は足を止めた。
「無傷で帰れるわけ無いじゃん。相手が俺なんだし?」
哀れみとも嘲笑ともつかぬ言葉を落とし、隆太郎はゆっくりと未だ腹を割かれた痛みにのた打ち回るリーダー格の男の元へ戻った。既に事切れた者の背で再び懐刀を拭うと、隆太郎は男の傍らに立つ。幾分面倒くさそうに唇を舐め、言葉を落とした。
「あんたらの雇い主に連絡付くでしょ? 連絡してくれるよね?」
絶対的な命令として言葉を落とした隆太郎に、足元でのた打ち回りながらも男は憎悪の目を向ける。
「………だ、れが……ッッッ!」
「そっか。じゃ、大人しく言う事聞いてもらいますか」
告げ、隆太郎は容赦なく男の裂けた腹の上に足を置いた。少しずつ足に体重を掛ける。腹から全身へと走る激痛に声を上げる事もできないまま、男は隆太郎の足の下でもがく。それを冷たい視線のままで見下ろし、隆太郎は更に男を促す。
「声も出ない? しょうがないな。その程度の連中が、俺達に無造作に関わんない方が良いよ? こうやって命の保障がないんだから、さ」
告げ、隆太郎はゆっくりと男の腹から足をどけた。耐え難い激痛から唐突に解放された男の体から、途端、力が抜ける。それまで憎悪を光らせていた男の目に、今は虚ろな光が滲んでいた。浅い呼吸を繰り返し、男は月明かりの降らせる夜の空をうつろな目で見上げる。
「それにしても………」
言葉を落とし、隆太郎は意識に触れる不快感に眉根を寄せた。この男達と相対してから、この数日隆太郎の意識を刺激し続けていた苛立ちが不意に強さを増していた。その苛立ちに不本意ながら焦りを覚える。何かがどこかで動き出しているような、嫌な予感。たまらなく不安を煽るその感触に、隆太郎は鋭く息を吐いた。
思い出したように足元に視線を落とす。男の傍らに膝を付き、顔を覗き込んだ。
「忘れるとこだった。このまま放置っていうのは主義じゃないんで、楽にしてあげるよ」
告げ、隆太郎は懐刀を男の首に水平にあてがう。そして一息に引いた。僅かの間を置き、男はその身を朱に沈絶命した。完全に侵入者の全てが沈黙したのを意識の端に確認し、隆太郎は踵を返し逢坂の待つ屋敷の中へと足早に向かった。