刻のむこう 20
13
屋敷の四角に当たる庭の片隅に、暗色の服に身を包んだ男が数名。夜闇に紛れて姿を現した。男達の手にはそれぞれ愛用の獲物が握られている。
「準備は良いな? 間違いなく標的は仕留めろ。どんな事をしても良いって言われてんだ。なにがなんでも殺れ。向かってくる奴らもまとめてだ、良いなッ!」
興奮を捻じ伏せたような声音で告げ、男は唇に酷薄な笑みを湛えた。これから彼らが行おうとしている血の宴に、早くも酔っているかのようなその声はより凄惨な光景を望む湿度と色。熱を孕んでいる。
「殺れッッッ!」
男の声を合図に、一斉に殺気の主たる男達が庭木の間を縫って動きはじめた。それはさながら、舌なめずりをする飢えた獰猛な肉食獣が群れで獲物に近付いていくような姿。
彼らの向かう先にある有栖川の屋敷の中は、常となんら変わらない穏やかな時間が流れている。身近に迫っている危険など知らぬ風なその気配に、放たれた猛獣達は血に飢えた歓喜をその目に映した。
不意に、彼らの中に一陣の風がすり抜けた。男達の一人が、声を上げる間もなくその場に崩れ落ちる。月明かりの届かぬ夜闇の中で一瞬のうちに絶命した男は、目を見開いたままうつ伏せに倒れた。顔を横に向け、薄く開かれた唇からゆっくりと朱の雫が溢れて小さな池を作る。
絶命した男の代わりに気配なく立ち上がったのは隆太郎だった。手には懐刀が握られ、その刀身をつぅと赤い雫が細い筋が伝っている。庭木の間から僅かに差し込む月明かりが、いっそ怪しく美しく見える刀身を青白く照らし出した。
「次、誰?」
囁くように言葉を落とすと、隆太郎は足元に絶命した男には目もくれずその右隣の男に懐刀を振るった。こちらもまた瞬く間に絶命し足元に崩れ落ちる。返す刀で容赦なく左隣の男の命を奪う。朱色の池が広がり、男達三人分の体を鮮やかに染める。
隆太郎の声に振り返った体勢のまま、流れるようなその動きに目を奪われていた男達はようやく我に返った顔で獲物を握り直した。リーダー格の男が隆太郎に誰何の声を上げた。
「………貴様ッッ! 何処の者だッ?」
叫び、獲物を隆太郎に向ける。しかし隆太郎は全く動じた風もなく、冷静そのものの顔で無表情に言い放った。
「影爿って言や、思い当たる節くらいあるっしょ?」
その言葉に他の者達は一瞬動きを止めた。探るような視線を隆太郎に向ける。リーダー格の男が怒気を込めた目で睨むが、隆太郎はいっそ悠然とした仕草で足元に転がるモノの服で懐刀を拭い再び男達に相対した。
「………影爿、だとッッ?」
リーダー格の男が食いしばった歯の間から呻くような声を漏らす。しかしその目には驚愕の色が隠しきれず滲み出ていた。手の中にある獲物を握り直す。そんな男の様子に、隆太郎は言葉を重ねた。
「流石に気付くんだ? 他の連中とは違うね」
嘲笑を含んだ言葉を隆太郎が投げれば、男は露骨に敵意を向けてくる。その様を可笑しげに見やり隆太郎は更に言葉を重ねた。
「そうそう、その殺気。そんな露骨に殺気撒いてると、ここにいますよ~! って狼煙上げてんのと一緒だよ?」
あくまでも軽い調子で言葉を投げる隆太郎に、男は腹で煮えくり返る怒りを露に歯を剥き出す。男の言葉に鮮やかな笑みを月光に晒し、隆太郎は小さく唇を舐めた。
「とりあえず。あんたらのおかげで俺ってば今、時間無いんだよね。さっさと片付けさせてイタダキマスっ!」
おちょくる口調で言葉を投げ、隆太郎は懐刀を水平に構える。ふっと笑みを消すと一拍に満たない沈黙を挟み、低い姿勢から手近な男の懐に飛び込んだ。