河合隼雄『で』語り合おう
共同運営マガジンを始めます
noteのちから
このたび、共同運営マガジンなるものを始めます。
始めます・・・なんてエラそうなことを宣言できる立場ではなくて、すべてたこせん枝瀬先生がお膳立てをしてくださって、わたしはこんなことがしたい!と、訴えるだけ・・という、なんとも申し訳ない始め方なのですが、とにかく枝瀬先生の献身的なお働きと情熱によって始められそうです!
枝瀬先生、本当にありがとうございます。
どういう経緯で、「河合隼雄『で』語り合おう」にたどり着いたかは、枝瀬先生が詳しく記事にしてくださっているので、重ねて述べることは避けて、ここではわたし側からの動機を書いてみます。
まず、なんといってもこのnoteの魔法ということに、わたしはいまだにびっくりさせられているのですが、はじめて一年少しの間に、リアルでもおいつかないような凄い出会いがいくつもありました。
もともとnoteを始めたのは、じぶんの指圧師という職業のなかで、身体療法と心理療法についての考えを整理し、発信してみたいと思ったからでした。
指圧私塾をはじめたので、その発信を中心にしており、またその反応も愉しかったのですが、書いているうちに、自分のなかの興味はからだとこころの繋ぎ目にあるということ、そして、からだについて書けば書くほど、こころへの興味に傾斜していくことを感じました。
そして心理関係の本を読み直しているうちに、河合先生のことを書いてみたくなったのです。
それはわたしの前職、京都の料理旅館で若女将をしていた頃の話です。
わたしの最初の結婚相手の実家が旅館であったため、23歳で結婚したと同時にそのキャリアは始まり、31歳で元夫と別居したあとも女将としてのキャリアは続き、43歳で退職するまでの20年間は鴨川畔東山三十六峰とともにありました。
今の仕事と距離のある話のため、別に隠しているわけではありませんが、積極的に人に話したこともない時代のおはなしです。
わたしは元々臨床心理学専攻の学生だったため、当時、河合隼雄先生とリアルにお目にかかり、言葉を交わすということは、音楽を志す少年がビートルズに会うような、ベンチャー希望の青年がスティーブジョブズに会うような、人生の宝物のような時間だったのです。
そのことを書いてみようと思ったのは、特に目的があったわけではありません。
わたしのリアルな人間関係のなかでは、そのことを話して興味を持って下さるような方は見当たりませんでしたし、少なくとも、河合隼雄がどういう存在であるかということをご存知でないと、その価値をわかってもらえないように思っていたので、noteの世界の中だったら、どなたかが目を留めてくださるかも…という期待があったのかもしれません。
結果として、はじめてコメントをくださった枝瀬先生と、河合先生を共通ワードとしたマガジンを始めるという驚天動地のご縁となりました。
noteを拝読していると、思いやりのある、本質を見極めた、そして面白い応酬をしょっちゅうお見かけします。
長いおつきあいではなくても、お会いしたことがなくても、いきなり魂の中核の部分をつかまれるような、すごいコメントをいただくことがあります。
私にとって、はじめてのそういうコメントをいただいた方が枝瀬先生でした。
そしてその後も、いつも核心をついた、でも鋭いというよりとても温かいコメントを下さるようになりました。
それは、国語の高校教師でいらっしゃったという職業的なトレーニングの賜物でもあるのかもしれない。
でもやはり、河合隼雄という人物に惹かれるという同種の魂のカラーの持ち主だから・・と理解する方がぴったりきます。
noteだからこそ、居住地も年齢も性別も背景もまったく違う、でもすごくよく似た魂の持ち主に出会い、そこで自分の昔話を掬い上げてもらって、はじめて、河合先生の思い出は私の大切な物語になりました。
よき聴き手がいて、はじめて断片的な素材は物語りになるんだということを改めて感じました。
河合隼雄というキーワード
枝瀬先生以外にもコメントをいただきました。
全員と今でもやりとりがあるわけではないのですが、河合隼雄というキーワードを通じて、すごく深い想いのやりとりができることに感動いたしました。
河合先生の言葉を支えに生きてきました・・という方や、河合先生の著書によって、生き方が変わりました‥という方。
それぞれの想いがたくさんおありのようで、でもコメント欄は字数も限られ、それ以上聴くことも憚られ、もっとあなたの河合先生についてのお話を聴かせて下さい・・という言葉をいつも飲みこんでいました。
わたしがnoteに綴っていることは、身体療法や心理療法、奈良のこと・・で、ほぼ90%なので、河合隼雄というキーワードはそんなに頻出するわけではありません。
なのに、河合隼雄というキーワードが入っている時だけ、いつものフォロワーさんとは違う方から、嬉しいコメントをいただくのです。
これは、偶然ではない。
フォトンが密に飛び交っている…と観測しました。
そんなときに・・
わたしが初期のころから、とても尊敬していたあやのんさんからもコメントをいただきました。
わたしが一方的にフォローして拝読しているだけの関係のかたでしたので、記事を読んでくださっているだけでも大喜びだったのに、この神コメント!
喜びのあまり有頂天になっていて、ちょっと恥ずかしいですが、noteならでこその出会いに、わたしは本当に感激したのです。
そしてこの記事!
この神出鬼没、融通無碍なかんじ。
これって、本当に河合先生に通じるんです。
とてつもなく深い真実を、なんでもないような平易なことばにしてしまう才能。
誰にでもわかるような、易しい簡単なことばで面白く真理を伝えること。
あやのんさんやあやのんさんにコメントを寄せる方々の温かいやりとりを拝読していると、いつもその大切さと難しさを思うのです。
求む!河合隼雄体験
河合隼雄先生がご存命のころ、それこそ毎日にように、新聞や雑誌で先生の連載を拝読することができました。
でも逝去されて17年が経つという今、なかなか意識しないと河合先生の文章からは遠ざかってしまっています。
もちろん、ご子息の河合俊雄先生がいらして、河合隼雄財団の存在があって本筋の継承ということは、脈々とされています。
でもわたしのような無名の、名もなき一般読者の先生から受けた感動や、読書体験はこのままどこにも蓄積されずに散逸してしまう・・・
それが惜しくて残念で、なんとかしたいと思って願っていたら、嬉しい展開が始まりました。
お願いがあります。
河合隼雄というキーワードにピンときた方に…
ぜひあなたの河合隼雄体験を教えてください。
読書体験でもいいですし、実際にクライアントだったり、研究会に属していらした方もいらっしゃるかもしれません。
講演会にいらしたり、河合先生をお招きされたことがある方もきっといらっしゃるでしょう。
ぜひその貴重なご経験を、マガジンでわたしたちに分かち合って欲しいのです。
河合先生を通じた大切な出逢いがあることを信じて、心より楽しみにお待ち申し上げております。
最後まで読んでくださって有難うございます。読んでくださる方がいらっしゃる方がいることが大変励みになります。また時々読みに来ていただけて、なにかのお役に立てることを見つけて頂けたら、これ以上の喜びはありません。