行列計算を使わない線形代数 #0
大学の初年度で学習する線形代数は、冒頭から連立方程式などを扱うためなのか、数学の初歩だと思われています。実際に演習で行うのも、行列の変形や連立方程式、行列式の計算、固有値・対角化の計算などと、どちらかというと計算中心になっています。大学のテキストもそのような構成になっているものがほとんどです。
しかし、線形代数は計算中心の応用数学ではありません。
いまの形で整備されたのは20世紀前半のことであり、線形代数は数学の中でも比較的新しい領域です。そのため代数だけではなく、関数解析学や幾何学と結びついているだけはなく、量子力学などの物理学や最近ではAIでも必要な知識になっています。
さまざまな領域での接点であることを理解するには、計算中心の考え方から離れて、より抽象的な線形代数の姿を見る必要があります。
今後の記事では、できるだけ行列計算を使わないで線形代数を展開しようと思っています。
いくつか例を挙げます。例えば、行列式は代数的に
$$
\displaystyle \mathrm{det} A = \sum_{\sigma \in \frak{S}_{n}} \mathrm{sign}(\sigma) a_{1,\sigma(1)}\cdots a_{n,\sigma(n)}
$$
と定義されますが、この定義を線形代数の講義を受けた大学生のどのくらいが説明できるでしょうか?
しかし、行列式は別の定義も可能です。そのためには、テンソル空間や外積代数を理解する必要がありますが、そのほうがよりわかりやすい説明ができるようになります。
また、線形代数では次元定理
$$
\mathrm{dim} V - \mathrm{dim}\left( \mathrm{Ker} A\right) = \mathrm{dim}\left( \mathrm{Im}A \right)
$$
を学習します。これは連立方程式の解空間の次元や、線形写像の像・核の次元に関連して習います。しかし、この定理は不変量や幾何学的な作用素の理論とも関っていて、別の側面を持っています。
このようにより先に広がる世界は、線形代数を計算中心の領域だと捉えてしまうと見えてこないものです。
そこで、ここでは抽象的な線形代数の一面を紹介していくことにします。そのような側面を通じて、線形代数のさらに先の世界を見る一助となれば幸いです。
<目次>
#0 連載の目的
#1 ベクトル空間とは
#2 ベクトルの一次独立・基底・次元
#3 ベクトル空間の基底とその変換
#4 線形写像(その1)〜定義と次元定理
#5 線形写像(その2)〜双対空間
#6 おまけ〜ベクトル空間の引き算としてのK群入門
#7 おまけ〜ベクトル空間の具体例:線形常微分方程式の解空間
#8 線形写像(その3)〜線形写像の共役
#9 おまけ:質点系の数理
#10 線形写像(その4)〜固有値・固有値・最小多項式
#11 おまけ:線形常微分方程式の解(行列の指数関数とLie群の視点から)
#12 線形写像(その5)〜対角化・最小多項式・一般化固有空間