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【連載】「こころの処方箋」を読む~8 心のなかの自然破壊を防ごう

「心のなかの自然破壊」とは、実に言い得て妙である。


教育とは、開発に近い。自然のままにある心の状態を、開発によって住みよくしていく。

社会というものの中で生きる上で、心はそのままではいられない。「家族」とか、「学校」とか、「友人」とか、いろいろな社会に対して適応するために、心も開発されていかなければならない。というより、開発されていってしまう。

人は社会的な生き物だから、何らかの他者と交流し、心は開発される。その開発の在り方を、なるべく適切に行おうというのが、教育の姿勢だ。

もちろん、ここで言う「教育」とは、学校教育だけを指すのではない。広く、本人の心に影響を与える営みのことである。


何か社会生活の中でトラブルが起きたときに、その背景を安易に想定しがちなのは否めない。それは、そのトラブルに対処するために、そしてそのトラブルを終息させ、次のトラブルを防止するために、原因を特定しようとする心性から来るものだろう。

確かに、こうしたときに、ある程度背景を推定することで、対処を決定するのは合理的だと思う。しかし、実態がそれとは異なることも多いこともまた、知っておかねばならない。


たいていのトラブルや、一つの要因だけで起きるのではない。そこに至るまでの複雑な過程が関わっている。

また、特に人の心に関する要因は、当人さえもわからない心の状態が関わっていることもあるので、そこに想いを至らせることもまた必要である。

心の環境がどのようなものであったのか。海辺なのか山脈なのか。どんな植物が生え、どんな動物が棲息しているのか。気温や天候はどうなのか。

そして、どんな開発がされてきたのか。物資を運ぶ道路はあるのか。屋根のある家屋はあるのか。外敵にどのような手段を持っているのか。


そうして作られた心が、どのような脆弱性を持ち、どのような強みを持つのかは、簡単にはわからない。心の環境の状態は、人によって大きく異なり、それを他人が、自分でさえも、把握することは難しい。

だから、何かトラブルが起きたときに、その原因を、「雨が降ったからだ」とか、「地震が起きたからだ」、「クーデターが起きたからだ」などと、一つの要因に絞ることはできないのである。


ラザルス(Lazarus,R.S.)による、ストレスのトランスアクショナル(相互作用)モデルを思い出す。

ラザルスは、ストレス反応に際し、ストレッサーそのものだけではなく、当人の遺伝的要因や状況的要因、心理的要因を背景として、ストレッサーをどのように認知し、対処するかも影響するとしている。

だからこそ、ストレッサーへの対処法としてのコーピングの重要性を説いている。コーピングは教育可能なものであり、それによってストレス反応を抑制することができるのだ。


だが、現実場面でのトラブルは、そう単純ではない。ストレッサーに対するストレス反応はあくまでモデル化したものであり、現実場面を分析したものにすぎない。

心はまさに自然環境のように多様で複雑だ。そして、それがどのように開発されてきたのかもさまざまである。

ただ、そのようなモデル、というよりもイメージを用いて捉えることで、問題を複合的に捉える、複雑なものを複雑なものとして捉えることにはつがなると思う。





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