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エッセイ

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よるはこんなこと考えてる。夜になるとよく考える。
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記事一覧

永いお別れ

永いお別れ

 彼の故郷の家の、目の前にある道の名前を憶えている。覚えていようとしておぼえているのではなくて、ただ、彼の紡いだ言葉が私の体から抜けない、それだけのことだった。もうひとつも気持ちが残っていない、彼自身を思い出しても惨めに思うだけのはずなのに、何故か彼の故郷には、惹かれていってしまうのだった。それはたぶん、彼が私に残した故郷への思慕、嫌悪、そしてそれらとわたしとの間には、越えられることのない隔たりが

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記憶の限界

記憶の限界

寝苦しい夜がつづく。

気候のせいもあるかもしれないけれど、パニック障害の症状が再び出始めたことによるものが大きいように思う。以前は、電車の中や大学内の講堂でのみ出ていたにも関わらず、最近は、家の中にいても発症するようになった。

ずっと首を絞められているような感覚がして、呼吸ができない。というより、呼吸の仕方を忘れる。心拍が上がって、酸欠になり頭痛がする。家の中だから、慌てることなくじっとしてい

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すべすべ、つるり。

すべすべ、つるり。

 家から駅へ向かう道のりに小さな商店街がある。今ではほとんどの店が畳まれてしまったけれど、わたしの小さい頃はまだ地元でも有名な活気のある通りだった。
 駅のすぐそばにあるブティックは、私の休憩所だった。店の奥に姿見と一人用のソファと、ガラスのテーブルと陶器製の犬の置物があった。種類はよく覚えていないけれど、たしかシーズーだったような気がする。耳の先だけが茶色くなっていて、ツインテールをしたようなち

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形のないもの

愛とは何か考える。

「愛とは、その人のために死ねること」
そんなことばを聞いたことがある。

違和感があった。その公式はわたしにとって、自然でないように感じた。

わたしはきっと誰のためにも死ねない。
自分のためにしか、死ぬことができない。

では私は、誰をも愛していないのか?

それはちがう。それは、違う。

母が救急車で運ばれたとき、わたしはすごく冷静だった。冷静であることに努めていた。

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身体的女性のわたしは、スカートを履いて男性性を表現したい。

わたしの中の少女が、可愛い服に執着している
断捨離をした。洋服を山ほど捨てた。だけど、捨てきれないものがある。もう到底着ることのできない、タグのついたままの、150サイズのミニスカートたち。
派手目でちょっと強そうなブランドの、デニム生地のチュニックやふわふわの悪魔みたいなスカートが、わたしのクローゼットの中に眠っている。

Xジェンダーを自認しているわたしは、男性に見られたくて(表現したい性が男

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微睡の記憶

微睡の記憶

熱を出した。

仕事を休んだ。

学校を休む時とは違って、仕事を休むことは私に罪悪感しか残さない。

学校を休む時、私は、いつもは(家を出る時間以降に放送するため)見るに至らない教育番組の人形劇を見ながら、ちょっとした優越感に浸ったものだった。
みんなは今頃学校に向かっている。だけど私は、テレビを見ている。へへん。というように。

熱を出すと、小さい頃の私は『千と千尋の神隠し』を好んで見ていたそう

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疎遠になった友達にメッセージを送るのは元カノに連絡するのと同じことだ。

疎遠になった友達にメッセージを送るのは元カノに連絡するのと同じことだ。

疎遠になった友達の誕生日だった。
疎遠になった理由としては、
価値観の違い…
のようなものだった。

彼女は物事を規定する境界線が明確で、
私は物事を規定する境界線が曖昧だ。

例えば、男と女、みたいに。
彼女の中には絶対的な女や絶対的な男
それしか存在していないみたいだった。
私はそのどちらでもないので、心底戸惑った。

自身のことを伝えたら、
彼女も戸惑っていた。
キャパオーバー、といったとこ

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友達依存症

友達依存症

友達に執着しすぎる。

わたしには、依存癖がある。
「友だちは薬だ」なんて言ってるやつが、こんなことを言うのもおかしいような気がするけど。

そう、友達は薬みたいなものだから、心が風邪をひいたら服用して、健康な時には服用する必要はない。たまには副作用もあって、心が余計に傷ついてしまったりもする。

わたしは、友達依存症なのだと思う。

いらないときはいらない。
でも、必要なときには喉から手が出るほ

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海がこわいはなし

私は長い間、海洋恐怖症を患っています。

この名称、
耳にしたことありますか?
珍しい恐怖症として、
取り上げられることがたまにありますが。

調べてみると、
海や川や湖などに
恐怖心を抱くことを言うようです。
私は、海洋生物も
観賞することができないので、
また何か別の恐怖症を
併発しているのではないかと
思っています。

まだスマホを持っていないころ、
私はこれを
「水族館恐怖症」

名付け

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友だちはおくすり。

友だちはおくすり。

高校生の時に、夏休みの宿題で読書感想文を書かされて。
書かされてって言うくらいだから、乗り気じゃなかったんですけれど…。

昔から、読書感想文は苦手で、いつも母に、「それは紹介文じゃない?」と言われながら書き直していました。

で、いつも通り書きました。そしたら先生から呼び出されて、
「文芸コンクールに出すから清書してほしい」
って言われたんですね。

わあ、そんな良いこと書いた覚えないけどなあと

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