よる
よるが描いた世界
よるはこんなこと考えてる。夜になるとよく考える。
あなたは、雨の中からやってきた。 その日は少し肌寒かった。担任の話がめずらしく短かく済んだので、早く帰れることが嬉しくて私は帰り道を足早に歩いていた。ちょうど商店街の入り口に差し掛かったところで、それは灰色の地面にまだらな模様をつくりだした。 街の底はあっというまに黒に覆われた。私は仕方なくシャッターの閉められた店の、ビニール屋根の下に潜り込んだ。 臨時休業致しますの文字が白い紙の上でうねっている。それは風が吹くたびに大げさに翻る。紙を一箇所しか留めない店主は、そ
じぶんの人生じゃないみたいっていうのはまあなんかすごくよくわかるよ。予兆、でもあなたじゃなきゃ、なんていうのは疲れてしまった、もうおもいだせないからまた会ってくれますか? 今日も薬で無理やり寝てみます、夜はいつだって長い、のにちゃんと明けてしまうよね。ひかり
薬をもらいに行かなければならなかった。動物のアレルギーがあるにもかかわらず、うちには小さい毛むくじゃらの生きものが二匹滞在していた。彼らを何処かにやってしまおう、という考えはないので無論、わたしの方が工夫して生活するしかなかった。 「体調、お変わりないですか?」 母と同じくらいの歳の女性が、穏やかな口調で訊く。 「はい」 「こちらの他にも、処方されているお薬があるようですが」 「ああ、それは症状が出た時だけ飲むので」 「そうでしたか。では常に併用しているわけではないのです
空っぽで、何もない、こんな夜はきみを、思い出してしまうよ。あれからずっと、わたしの時は止まって、世界は進みつづけているのに、ずっと過去にいる、もう振り返らないと、何度誓えばいい、わたしはあなたを、失うことができない、よ。
ここ、2ヶ月くらい、書くことが苦しくて、言葉があたまのなかで詰まっている感じ、感性がつっぱっている感じ、糞詰まりって大体何日くらいで死ぬのかな?とかくだらんことばかり、人と会ってもまあ会話なんてできなくて、ただ音の交換をするだけ、内容はないです、何ひとつ。感情が波に攫われてく、大事に抱えていたはずのものが、あっという間に指の隙間から抜け落ちて、海に還っていく。何ももっていない、と思う。何も望まないし、なにも好きにならない。寂しいと思いつつでもそれは同時にものすごく身軽で、ああ
I have nothing to say nothing at all so I’m trying to talk in a different way like this now I don’t want anything but lies you used to tell and I feel like sinking to your ocean floor no I lost your shape and cannot remember wish you would
感情が抜け落ちて、ことばを失った、剥がれ落ちてひとりになった塵が目の前を遠く、飛んでゆくのを、ただひたすらに追いかけて、行き着く先は、多分どん詰まり、なのに暗闇はどこまでも広く、瞬きは遠く、どうしようもないわたしを、持て余している、何も持たないわたしに、何ができるというのか。
言語の発達が遅かったわたしにとって、絵筆はことばだった。頭の中にある宇宙を目の前に再現できる方法を、わたしは幼いころに覚えた。言葉が出てきてからも、わたしは黙って、机と向き合った。これがわたしを確立する術だと、自己同一性を委ねるまでして、でも今思えばそれが、良くなかったのかもしれない。 「いつもこういうふうに?」 その人があまりにも語を略すので、わたしは危うく文脈を見失うところだった。その人はわたしの絵に添えられたパネルの文章——わたしにとって表現とは一種の自傷行為であり
まばゆい色の点滅、無数の光が差し込むフロアで、わたしは、自分だけがここに存在していない、と思った。存在していない、というより、存在することを認められない、と言った方が正しいか。わたしが間違っているのか、わたしだけが感じられないのか、踊り狂う人々は忙しく爛漫としていて、わたしと異なる世界を見ているのかもしれない、と思った。同じ言語を話しているはずなのに、うまく伝わらない。同じ時間を共にしているはずなのに、うまく感じられない。孤独感と疎外感は常に私の隣に存在していて、ふとした時に
「幸せって、努力が必要だと思う?」 あたしは言った。彼は窓の外に向かいながら、こちらを振り向きもせずに首を傾げた。 「努力しても幸せになれないことならある」 「例えば?」 「たとえば、俺は5歳から野球を始めて、雨の日も風の日も1日たりとも欠かさずに練習を続けてきたけれど、中学に上がってから野球を始めた、運動能力と才能が抜群にあるやつがグランドに立ってて、俺はベンチに座ってそいつを眺めてるんだ」 「幸せって、相対的なものなの?」 「確かに今の話だとね。ただ、努力しても報われな
何がどうってことはない、もうここにあの人は住んでいないのだから。私の執着だけが蔓延る街、山の面影を残したまち、こうやってぜんぶ忘れていくのかな。こうやってみんな居なくなっていくのかな。何をやっても同じことの繰り返し、わたしはどうやって前を向けばいいのですか?
体だけの関係を保つのはゆるやかな自傷行為だね、と言われた。いつからか始まった右瞼の痙攣が不規則に続いていた。わたしの自罰的習慣に言及したのは、高校の同級生と再会して4年ものあいだ交際を続けている加奈子だった。加奈子は堅実で頭がよくて柔和でものいいがやさしくて、然るべき時にわたしの道を正してくれる、気高くて美しい女性だった。わたしが彼の存在を口にすると、加奈子は「常に少しずつ傷つきつづけていることが大事なの?」と、涼しげな面持ちでわたしの行動を咎めた。わたしはそれについて肯定
文学をこねくり回してた時代のがよかったな. 女の主体性を論じれば空でも飛べる気がしてた. あなたが読む本の擦り切れたページには. 母を恋ふという文字を丹念に撫でた跡. 海に行きたいとわたしがあなたに言ったとき. わたしは死んでしまうあなたを想った. 波に. 呑み込まれて. 孤独に. 押し潰されて. 眠れない夜に流し込む液体は. あなたから愛を奪った. わたしから安らぎを奪った. 葉っぱを吸う女の子たちの映画を観ながら. わたしたちは泣き合い慰めあった. あなたは失格です. そ
わたしのこと、忘れたふりするなって。わたしのこと、愛してるふりするなって。
遅めの衣替え、あなたの聴いていた音楽をかけながら。粗く編まれたセーターの生地、額に汗が伝う。”You know I’m trying” この歌詞がきらいだ。だってわかっていた、あなたがどれほど努力してきたのか、あなたがどれほど失ってきたのか、どれほどの他人を傷つけ、自分を痛めつけてきたのか。あなたと一緒に過ごした服たちはまた今年も着られないままにタンスの奥へ押しこまれてゆく。まるで何もなかったみたいに、そんなもの最初から存在していなかったみたいに。わたしの頭のなかを静かに占領
思いだした、この感覚。つかんだと思ったら幻想だった、近づいたと思ったら空虚だった、あなたはそうやって何度も逃げるから、姿がみえなくなるとあたし、いつも身が裂かれるくらいに苦しかったの。貶められたの。あなたに。何度も。あたしはもう大人になってしまったから、あなたみたいな振る舞いをすることはできない。あたしにはあたしの使命があるから、あなたみたいに人を傷つけることはしない。ぜんぶ忘れて愛しあえるのかと思ってたけど、馬鹿だねあたし、そんなの全く意味がなかったわ。愛してるのは本当、傷