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源氏物語ー深い森のように尽きぬ読み処6

(6)番外編・ブックガイド

 源氏物語についての当コラム、年末の今回はお奨めの本についてまとめます。冒頭から宣伝でおそれいりますが、私の著書『源氏物語ー生涯たのしむための十二章』は年明けの1月6日に出版されます。目次など概要は出版元の論創社や「版元ドットコム」のサイトでごらんいただけると幸いです。オンライン書店での予約もできます。同時に電子版も発行予定です。

 本の巻末には文献として120冊余りの本のリストを掲載していますが、今回のコラムではとりわけお奨めしたいと思う書籍をテーマ別に紹介します。新刊で入手できるものを中心に挙げますが、古書または図書館利用でないと読めないものも一部あります。

1 源氏物語全体の魅力を知るために
『光る源氏の物語 上・下』大野晋・丸谷才一(中公文庫)
 20年ほど前、私が源氏物語の底知れぬ深い魅力を知る一番のきっかけになった対談本です。国語学者の大野晋氏と作家の丸谷才一氏が源氏物語の名場面を厳選し、縦横に読み方や感想を交わします。藤壺と光源氏の密通の場面などに対し、ときには作者の書き方が下手だと容赦なく酷評しています。
 大野氏はこれとは別の著書『源氏物語』(岩波現代文庫)で、紫式部日記や紫式部集の内容の変化を時系列で詳細に分析した結果として、紫式部と藤原道長との間には男女関係があり、それが破綻したと推定しています。

『源氏物語の世界』中村真一郎(新潮選書)
 小説家で文芸評論家の中村真一郎氏が50年以上前に著した本が復刊されました。フランス文学の研究者でもある中村氏が、源氏物語を世界的な古典と位置付けてさまざまな角度からその内容に新たな光を当て、論じています。

『源氏物語 物語空間を読む』三田村雅子(ちくま新書)
 源氏物語は毎年多数の論文が発表される国文学の代表的研究テーマですが、研究者で一般読者にもわかりやすく興味深い著作が多いのが三田村氏です。この著作を読んで私は、主人公の源氏が築き上げた「六条院」の世界が物語後半にどんどん崩れ、老いと共に源氏が苦悩していく展開こそがこの文学作品の最大の読みどころだと知りました。同氏の本としては『紫式部 源氏物語』(NHK「100分de名著」ブックス)もお奨めです。

2 紫式部と道長を知りたいなら
『紫式部と藤原道長』倉本一宏(講談社現代新書)
 著者は平安時代などの研究で知られる歴史学者で、2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の監修も担当しました。「紫式部は道長の援助と後援がなければ『源氏物語』も『紫式部日記』も書けなかったのであるし・・・道長家の栄華も、紫式部と『源氏物語』の賜物であると言えよう」(同書より抜粋)と記していて、藤原摂関時代と源氏物語の関係を知ることができます。

『道長ものがたり』山本淳子(朝日選書)
 国文学者の立場から紫式部日記を詳細に読み解き、源氏物語の内容についても作者の紫式部の執筆意図などをわかりやすく解説しています。文学と歴史の両方を理解することができる良書です。

3 現代語訳と原文を選ぶために
 これから源氏物語を読みたい方から、どの現代語訳がよいか相談を受けることがあります。それぞれの特長の詳細は私の著書に記し、物語の2つの場面を例に選んで9つの現代語訳を比べられるように掲載しました。あくまで個人的な感想ですが、ここではそれぞれの特長をごく簡単に記します。
・与謝野晶子訳:明治時代に着手した現代語訳の元祖ですが、漢語を駆使したハイカラでエレガンスのある文章だと三島由紀夫が絶賛しました。
・谷崎潤一郎訳:原文の纏綿たる語りの調子をそのまま残した名訳です。主語の省略などがやや難解ですが2つ目として読むならお奨めだと思います。
・円地文子訳:文章の艶麗さや情緒という点で一番です。登場人物のうち空蝉、藤壺、六条御息所などの心の内について原文にない描写をしているのも味わいどころです。
・田辺聖子訳:紫式部があえて省略した情事の山場などを「私訳」として大幅に書き足した個性的な訳で、他にない味わい方ができます。
・瀬戸内寂聴訳:最もオーソドックスでわかりやすい日本語で訳していて、私は内容理解のためにいつも座右で最も頼りにしています。
・林望訳:原文に忠実に解釈しながら、現代の私たちになじみの薄い当時の風習や漢詩・和歌の引用などを本文に入れ込んで訳しているので、細部までくわしく理解したい方にお奨めです。
・角田光代訳:ある程度以上のスピードで一気に源氏物語を読みたい場合に最も推奨できます。文庫での8巻がそろい、求めやすくなりました。

 訳者が読みどころを記したエッセイなどから2冊を紹介します。
『いま読む「源氏物語」』角田光代・山本淳子(河出新書)
 国文学者の山本氏との対談です。第三部の宇治十帖、とりわけ色恋と訣別した最後のヒロイン浮舟の生き方に込めた作者のメッセージの読み取り方が腑に落ちました。
『源氏物語私見』円地文子(新潮文庫)
 文庫の新刊では入手しにくくなっていますが、多くの卓見を知ることができます。
 このほか瀬戸内寂聴氏は、講談社文庫や単行本の現代語訳の各巻の巻末の「源氏のしおり」という解説で、訳者ならではの踏み込んだ鑑賞をわかりやすく書いていて、大変参考になります。

4 平安時代を知ってより深く物語を味わいたい
『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』小島ゆかり(KADOKAWA)
 源氏物語には登場人物の和歌として作者が創作した795首が記され、和歌がストーリーや人物の心理の要所になっています。これらのうち特に大きな意味を持つ和歌を取り上げて、登場人物の女性たちの心の奥と生き方を浮かび上がらせた本です。

『源氏物語と平安朝の信仰』鈴木宏昌(新典社)
『源氏物語の仏教』丸山キヨ子(創文社)
 源氏物語は当時の仏教の大きな影響を受けていますが、そのことについて大変啓発を受けた2冊です。いずれも新刊としての入手は難しくなっている専門書ですが、古書や図書館で読めれば幸運と言えます。

『ビジュアルワイド 平安大事典 「図解でわかる源氏物語の世界」』倉田実編(朝日新聞出版)
 源氏物語の時代の風俗習慣や行事、制度、文物などをカラーの画像で知ることができ、平安の世界に入っていくことができます。

5 源氏物語から着想した創作
『輝く日の宮』丸谷才一(講談社文庫)
 源氏物語の藤壺と光源氏の密通に想を得て、その謎解きとからめて気鋭の女性研究者の恋愛を描いた現代小説です。丸谷氏の源氏物語についての造詣がふんだんに盛り込まれています。

『散華 紫式部の生涯 上・下』杉本苑子(中公文庫)
 紫式部の伝記小説のなかでは迷わず一押しとしたいのがこの評伝です。特に、長編を書く過程で変わっていった紫式部の心情の記述は、まさにそうだっただろうと納得のいくものでした。

『源氏の君の最後の恋』マルグリット・ユルスナール(白水Uブックス69『
東方奇譚』所収)
 最も控え目なヒロインと言われる花散里を主役にした小説です。フランスの作家で、昭和初期に当たる1938年に書いたというのが驚きでした。

6 拡がる楽しみ
『源氏物語絵巻の世界 図鑑 モノから読み解く王朝絵巻 第一巻』倉田実(花鳥社)
 源氏絵のなかで最も古い「国宝 源氏物語絵巻」は19の場面の絵が残されています。そのすべてについて図解をまじえて詳細・明快に絵の細部まで読み解いていて、物語本文をより深く味わうための知識が得られます。同じ倉田氏による「モノから読み解く王朝絵巻」シリーズとして『寝殿造の仕組みと宮中の行事』『平安時代の信仰と暮らし』も発刊されています。

『源氏物語と能 雅びから幽玄の世界へ』馬場あき子(婦人画報社)
 源氏物語を題材にした能を数多く取り上げ、解説と鑑賞の両面で秀逸な内容でした。

『伊勢物語』『更級日記』『おくのほそ道』
 源氏物語に大きな影響を与えた先行文学の『伊勢物語』、源氏物語が書かれて十数年後にそれを読んだ少女時代の感激を記した『更級日記』、源氏物語を座右で精読した芭蕉が紀行文に活かした『おくのほそ道』。角川ソフィア文庫版がいずれも現代語訳付きで便利です。

『紫式部と平安の都』倉本一宏(吉川弘文館)
 紫式部の生涯や源氏物語の執筆経過を詳しく記した上で、京都などの源氏物語や紫式部のゆかりの地を訪ねるための情報が地図や写真付きで掲載されています。源氏物語にも詳しい歴史学者による信頼できる著作として推奨します。

(当コラムの次回は1月16日にアップします)

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