(4)ラストメッセージは男性不信? 源氏物語を読んで最近強く印象づけられるのは、この長編が終わりに近づくにつれて作者の紫式部自身の声がはっきりと聴こえてくるような感覚を抱くことです。具体的に言うと、3つに分けられるこの物語の第二部後半から源氏死後の第三部、特に宇治十帖のストーリーを書くときに、作者は読者を楽しませるためというよりも自らの人生観を色濃く打ち出すようになった、という感じがします。 その人生観とは、愛し合う男女の間にも深い溝があることや、恋愛・結婚への否定的な
(3)最も愛されたヒロインが不幸になった理由 源氏物語の主人公は光源氏ですが、源氏の恋の相手となった登場人物の女性たちの個性的な人生が、それぞれ独立した名作になるくらい劇的に描かれています。その中でも作者の紫式部が最も力を入れて描いたヒロインは、源氏の終生の伴侶だった紫の上だと思います。 紫の上は十歳のときに、病気療養のために京都北山の寺に来ていた八歳上の源氏によって発見され、源氏の私邸に引き取られました。四年後、男女として結ばれます。源氏の人生で正妻になったのは、若
(2)稀に見る危険なストーリーが書けた理由 源氏物語の本編を貫く背骨とも言うべき筋は、天皇の子である光源氏が父帝の后である藤壺と密通し、それによって生まれた子が天皇になり、その後ろ盾を得て源氏が権力の頂点に昇りつめたことだと思います。 考えてみればこれは、フィクションとはいえ皇統の権威を揺るがしかねない危険なストーリーです。現に谷崎潤一郎は、最初の現代語訳を軍国主義の強まる昭和十年代に発表したときに、これらのできごとを自主的にカットして源氏物語を訳しました。ではなぜ、千
(1)「召人」に紫式部が込めたもの 源氏物語については、古来多くの識者が「何度読んでも新しい発見がある」と評しています。長年研究してきた専門家ですら「読むたびに違う感動が得られる」という感想を口にされるのを聞いたことがあります。専門家ではない私も、源氏物語に接するたびに同じように感じています。 最近の源氏物語体験で強く印象に残ったことの一つは「召人(めしうど)」について作者・紫式部の描き方が質・量とも大変念入りなことです。 「召人」というのは、平安時代の貴族の邸で主人の男