第九話 最後の試練 「はい、それでは総合試験をはじめます」 シーンとした静寂の中で、荒木教官の低い声がモックアップの隅々にまで響き渡る。 もう板についたグレーのカバーオール姿。今日の試験は、このドブネズミスタイル卒業の可否を決めるものになる。 三週間と長きに渡った保安訓練の最後にして最大の試練――それが本日の総合試験だ。ボーイング777、767、737、つまり全日本帝国航空が保有するすべての国内線使用の航空機の緊急脱出のロールプレイを、訓練生二十人がぞれぞれランダ
第八話 凸凹コンビ 教官室の前についた。理由はわからん。 ただ、今回は一人じゃない。 「教官室ははじめて?」 「はじめて」 だろうな、だって今までに呼び出されたのは俺だけなんだから。 隣で少し不安そうな表情をしている一ノ瀬に、なぜか先輩風を吹かせる。普通に考えると、来たことがない人間の方が優秀なはずだが、おそらく一ノ瀬もそれに気づいていない。 「ドアを開けたら、鞄を置いてクラスと名前を名乗り、近くの教官に話し掛ける」 まるで雛鳥にえさの取り方を教えるような気持ちで
第七話 頭を下げて~HEAD DOWN!! ――ボーイング777に搭載されている緊急脱出用のスライドの特徴や各部位の名称について空欄を埋めてください―― ああ、これね。えっと、このスライドは、着陸時には外に出る際の滑り台になるけど、緊急着水時は救命ボートになって……で、ボートについてるこのロープの名前は……そうそう、脱出の際に使うロープだから、エスケープロープ! 放課後、教室で一人、テストを受ける。 このクラス二十人のうち、テストに受からなかったのは俺だけなのだ
第六話 落ちこぼれ 教官室の前についた。なかなか中に入れない。 意を決してドアを開ける。鞄を置いて直立で立ち、近くにいる紺色のカバーオールの女性に声を掛ける。 「TID十一組の太田亮と申します。葉山教官はいらっしゃいますでしょうか?」 教官に呼ばれるのは、追試になった人間だけなのだろうか。だとしたら、今この教官室にいる全員が、俺が追試になった出来の悪い人間だということを分かっているのだろうか。そんな考えても答えが出ない問をぐるぐると頭の中で循環させながら、葉山教官を待
第五話 これが地獄の保安訓練… ああ、目の奥と頭が痛い……。 一歩一歩階段を上る時の振動で、痛みがしっかりとそこにあることを実感する。 昨日はほとんど寝てない。夜中の一時頃に終わらないことを認め、朝まで寝ることを諦めて一時間後にアラームをかけた。だが、午前二時にアラームがなった瞬間、これから起きることが信じられなかった。今さっき寝たばっかりだ。まだまだ頭がずっしり重くてだるい。しばらく布団の中で無言の抵抗を続けていたが、一瞬意識が飛んだことに気づき、ハッとする。一瞬
第四話 保安訓練の幕開け 「頭を下げて~HEAD DOWN!! 頭を下げて~HEAD DOWN!!」 響き渡る野太い女性の怒号は、鼓膜を伝わり心までも震わせる。胸の奥に不安が渦巻く――。 「大丈夫落ち着いて~STAY CALM!! 」 暗黒の中に一筋の光が差す――。 「NO FIRE!(火事なし!) NO FUEL LEAK!(燃料漏れなし!)SPACE AVAILABLE!(スペースOK!)DOORMODE AUTOMATIC OK!(ドア、自動モードOK!)」
第三話 嵐の前の静けさ 「よはようございます」 「おはようございます」 訓練初日。昨日オリエンテーションで葉山さんが言ったように、初期訓練は大まかに、保安訓練とサービス訓練に別れている。 まずは最重要事項である安全について学ぶ保安訓練からスタート、なのだが、いきなり実技を中心とした訓練に入る訳ではなく、航空業界についての基本知識や訓練を行う際に必要な予備知識を入れるため、数日間は座学をメインとした授業を受ける。 航空業界や日本帝国航空のこれまでの歴史や概要、客室乗務員
第二話 ここは天国 羽田空港に向かう京急線は、なぜこんなに気分を盛り上げてくるのだろう。「天空橋」なんてテンションの上がる地名をつけた者に褒美を与えたい。 京急蒲田くらいまでは通勤中のサラリーマンも多かったが、それ以降は徐々にスーツケースをもった空の旅人たちに絞られてくる。彼らを何故か同士のように思う。 だが、厳密に言うと俺は旅人ではない。スッチー、いや客室乗務員にとして、お客様に快適な空の旅を提供するプロフェッショナルになるべく、この電車に乗っているのだ。自分を鼓
あらすじ 不動産の営業マンとして働いていた太田亮(25)の転職先は、なんと航空会社の客室乗務員だった。彼がCAになった理由――それはCAと付き合うためだ。そんな不純な動機で女の園に足を踏み入れた亮を待ち受けていたのは、新人訓練の中でも最も過酷といわれる保安訓練だった。圧倒的な美貌を放つ担任の葉山涼子(34)、美少年系イケメン同期の一ノ瀬理久(24)、冷静沈着で真顔を崩さない保安訓練教官の荒木美奈子(36)と唐澤亜紀(35)――様々な人々と出会い、数々の試練を乗り越えていく
「明日から来なくていいよ」in 令和 ほとんどの人が漫画かドラマの世界のものだと思っているこの言葉。 この令和の時代に、人一倍真面目に、そして一生懸命に働いていたにも関わらず、現実社会に存在することを証明した者がいた。 それが、この私、あひるである。 この稀代なる珍事件の舞台は、渋谷の道玄坂をのぼりきったところにあるコメダコーヒーだ。 社員11人の小さなWeb制作会社にて、ピリピリした雰囲気の中、誰からも話しかけられずパソコンとにらめっこしていた午後5時、アカウントプラ
#創作大賞2022 女は、注意深くカーテンを少し開け、わずかな隙間から外を覗く。 視線の先に、一人の男。 男が周りを確認し出した時、女はサッとカーテンを閉める。 そして、時計を確認した。 「やっぱり・・・七時ぴったりだ。」 第一章 二〇十九年 六月 小さな道路を挟んだ向かいのアパートに、男は住んでいる。多分、彼も八階だろう。 眼鏡をかけ、黒いVネックの肌着に紺色のジャージ姿で、頭の後ろに鳥の巣をこさえているこの男の一日の始ま