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お仕事小説:機上の大奥にて ~保安訓練編~ 第八話(全九話) #創作大賞2024


第八話 凸凹コンビ

 教官室の前についた。理由はわからん。
 ただ、今回は一人じゃない。
「教官室ははじめて?」
「はじめて」
 だろうな、だって今までに呼び出されたのは俺だけなんだから。
 隣で少し不安そうな表情をしている一ノ瀬に、なぜか先輩風を吹かせる。普通に考えると、来たことがない人間の方が優秀なはずだが、おそらく一ノ瀬もそれに気づいていない。
「ドアを開けたら、鞄を置いてクラスと名前を名乗り、近くの教官に話し掛ける」
 まるで雛鳥にえさの取り方を教えるような気持ちで、レクチャーする。
「よし、じゃあやってみよう」
 緊張した面持ちで頷く一ノ瀬。なんだ、コイツこんなに可愛い一面があったのか。
「TID十一組の一ノ瀬理久と申します。葉山教官はいらっしゃいますでしょうか?」
 鞄を置いて直立で立ち、少しだけキョロキョロした後、近くにきた紺色のカバーオールの女性に声を掛けた一ノ瀬。
 そして奥に通される。昨日も座った席だ。ってか、俺はなんで今回呼ばれたんだ――?

 夕暮れに染まるコンクリートの一本道。足元から大きな黒い影が伸びている。俺の影の方が大きく、一ノ瀬の影の方がシュッとしてる。

「なぁ、なんて言われた?」
 想像はついているけど、バカなふりして聞いてみる。まぁ、答えないか……
「航空安全啓発センターに行ってみたらって…」
「え?」
 航空安全啓発センター……あ! 企業研究の時に、目にしたことがある。全日本帝国航空が航空安全を啓発するために運営する施設のことだ。
「近々行くのか?」
「明日、行ってくる」
「え? 明日? 待ちに待った土日だぞ。ゆっくり寝なくていいのかよ」
「いや、特に」
 え、コイツまさか……ショートスリーパーなのか? 
「昨日何時間寝た?」
 上を見て何かを数えている一ノ瀬。
「…八…時間」
「八時間!? 学生かよ! ってか、なんでそんなに寝れるんだよ……えっ、なんで?」
「なんでって……毎日疲れるからだよ」
「違う違う、そっちじゃない。お前、いつも完璧じゃん。テストも実技も」
 ――あ、やべ。今日はコイツ、ズタボロだったわ。
「……」
 一ノ瀬が遠い目をしている。ヤバい、地雷を踏んだ。
「今日、見たろ?」
「……そういう時もあるよな」
 一ノ瀬も俺を見て何か思い当たる節があったようだ。
 ――互いに傷をえぐり合う結果となった。

「ってか、どうやって覚えてるんだよ?」
「テキストをじっと見れば、写真を撮ったように覚えられるんだ」
「は?」
 この手の話、噂には聞いたことがあったが、そんな奴が実際に実在していたなんて……、いざ目の前に現れると、俄に信じがたい。
 毎日の二時間睡眠がたたり、授業中に一瞬フラッと意識を失った件で二度目の教官室行きを果たした俺には、怒りすら覚える話した。

「いろんな面で、人生勝ち組だな、お前って」
 こんなモテそうな面して、そんな特殊能力まで身につけていたなんて。神様は不公平にも程がある。
「…大きな声が……」
「ん?」
「大きな声が、出せないんだ」
 

「おつ!」
「っす」
 今日は土曜日というのに、なぜか昨日と同じ空港付近の駅にいる。目の前には私服の一ノ瀬。白いTシャツに黒いダボッとしたスラックス。その上に小さい顔がちょこんとのっている。相変わらずシュッとしてて、ずりぃな。てか、この格好、どっかで見た気が……あ、俺だ。
 たった今、一ノ瀬もニコイチみたいになってしまったことを気づいた様だが――口には出さない判断をした模様だ。
「え、手ぶら?」
「いや」
 そう言って一ノ瀬はポケットから財布とあんちょこ出した。このシュッとしたイケメンがポケットにあんちょこを忍ばされているなど、誰が想像できるだろうか。

 
「あ、じゃあ俺も行くわ、航空安全啓発センター」
 昨日、友達が服を買いに行くのに付き添うような感覚で、思わず言ってしまった。けど、もちろん親愛なる葉山さんの教えはしっかり守る。昨晩は夜の九時に布団に入り、のび太も驚く好タイムで意識を失う。たっぷりと九時間の睡眠をとってうえで、今朝は朝六時に起床。その後、それぞれの機材のプリフライトチェックとドアモード変更、非常用機材の使用方法などをあんちょこにまとめた。今日の電車だって、ひたすらに膨大な文言を念仏のように唱えてきた。涼子さ、葉山さんに報告したいくらいだ。

 駅から出て地上に出た後は、いつもは真っ直ぐ進むところを、今回は左に曲がる。二、三分程歩くと右手に現れる建物の中に、航空安全啓発センターはある。

 中に入ると、そこは薄暗い空間で、俺達は厳かな空気に包まれた。壁には新聞記事が時系列で並べられており、その下には解説文がある。 

――1980年1月28日 便名:イラン航空391便 機種:ボーイング727 死者:乗員乗客138人全員死亡
 霧が立ち込め雪が降る中でテヘラン・メヘラーバード空港の29番滑走路へ着陸進入中アルボルズ山脈に墜落。乗組員8人と乗客130人の全員が死亡し、機体は大破した――

――1980年3月25日 便名:LOTポーランド航空 006便 機種: イリューシン Il-63 死者:乗員乗客87人全員死亡
  ニューヨークからワルシャワに着陸しようとしていたが、エンジンのタービンディスクが金属疲労のために破裂分解しエンジンを破壊。その破片が他のエンジン2基と操縦系統を破壊したため操縦不能に陥り、空港近くにあった19世紀の要塞の掘割に墜落した――

――言葉が出ない。
 今でこそ飛行機事故なんてほとんど聞かないが、1980年代はこんなに事故が起こってたなんて。解説の中で幾度となく目にした「乗員乗客全員死亡」という文字が頭から離れない。飛行機って恐ろしい乗り物なのかもしれない。背筋がゾクッとするのを感じた。

 奥の空間に進む。一番に目に飛び込んできたのは、部屋の中央部分を横断するように展示された大きな飛行機の胴体だ。美しい胴体、ではなく、破損したものをツギハギした痛ましい姿。あの空港で悠々と地上走行している飛行機が、こんな風になるなんて――。
 これは、かつて墜落した全日本帝国航空の機体とのことだ。

――1986年8月13日、夜の十八時に羽田空港を出発した伊丹空港行きの飛行機、全日本帝国航空124便が、群馬県多野郡上野村にある御巣鷹山の尾根に墜落。乗員乗客520人が犠牲になった。
 この航空安全啓発センターには、事故当時の新聞記事や映像資料、飛行機の残骸、遺族の遺品などが展示されている。

――壁にびっしりと記された会話のようなもの。ボイスレコーダーに残された墜落前の機長と副操縦士の生々しいやり取りの様子だ。
 そこには、操縦不能になった飛行機をなんとか無事に着陸させようと奮闘する機長と副操縦士、管制官の姿があった。
――(飛行機の)頭をあげろ!!
 機長の最期の魂の叫びが胸に迫り、呼吸が苦しくなる。

――背もたれ部分が裂け、ぺしゃんこに曲がった座席。
 俺達が普段座っているあの座席がここまで大破するなんて、ここに座っていた方が受けた衝撃はどれほどのものだったのだろう。ああ、そっか、「頭を下げて」ってこんな状況で言うんだ。
 心の中の言葉は、とても口には出せなかった。

――どうか仲良くがんばってママをたすけて下さい
  パパは本当に残念だ
  ママこんな事になるとは残念だ
  さようなら―― 
 手帳にボールペンでなぐり書きされた文字。当時の緊迫した空気を物語っている。これが遺書になってしまったのか。

――おちついて下さい
  ベルトをはずし
  身のまわりを用意して下さい
  荷物は持たない

 指示に従って下さい
 ↓
 PAX(乗客)への第一声
 各DOORの使用可否
 機外の火災C´K(チェック)
 CREW(乗員)間C´K
 ↓
 座席ベルトを外して
 ハイヒール
 荷物は持たないで

 前の人2列
 ジャンプして
 機体から離れて下さい

 ハイヒールを脱いで下さい
 荷物・物を持たないで下さい
 年寄りや体の不自由な人に手を貸し――

墜落した便に乗務していた客室乗務員の手帳に記された文字。今後の乗客への指示について、しっかりとした字で書かれている。凄まじい揺れや急降下にさらされながらも、お客様の命を守るという職務を最後まで全うした先輩の姿。思わず、目からホロッと熱いものがこぼれた。
――グスン、隣から、遠慮がちに鼻をすする音が、定期的に聞こえてくる。

 一言も口を開かないまま、施設の外に出た。飛行機事故の悲惨さ、最期まで職務を全うした先輩方の姿――そこから溢れ出す感情は、どんな言葉を使って表現しても失礼な気がして、胸の奥深くに大切に閉まっておくことにした。

「なぁ、カラオケ行かない?」
 モノレールから京急線に乗り継ぎ、やっと空港色が完全に薄れた京急蒲田
駅で、一ノ瀬に聞いてみた。
「いかねぇよ」 
 あからさまに嫌な顔をする一ノ瀬。だろうな、お前はカラオケが嫌いな
人間の典型だ。
「歌うんじゃないよ、叫ぶの」

 土曜のお昼過ぎだからだろうか、野郎二人が通された部屋は広々としたVIPルームだった。大理石で作られた光沢感のある黒い壁。コの字型に置かれた赤い革張りのソファ。そして天井には黄金色に輝くシャンデリア。どこかいかがわしい雰囲気が漂うムーディーな空間に二人っきりにされ、なんだか照れくさい。でも、よくよく見ればぴったりの空間かもしれない。

「はい、ではボーイング767、R3です。急降下中!!」
 カラオケのシートに座り衝撃防止姿勢をとる一ノ瀬。
「頭を下げて~HEAD DOWN!  頭を下げて~HEAD DOWN!」
「もっと腹に力を込めて!」
「頭を下げて~! HEAD DOWN!」
「まだまだ~!! もっと出んだろ!!」
「頭を下げて~!! HEAD DOWN!!」
「恥ずかしがってんじゃねぇ、みんなの命がかかってるんだぞ!!!」 
 一ノ瀬の目の色が変わった。そしてスーッと息を吸い込む。
「頭を下げて~!!! HEAD DOWN!!!」
 一ノ瀬の本気が、俺の胸にガツンと響く。思わず笑みが込み上げる。
「機の完全停止!!」
「大丈夫落ち着いて~!! STAY CALM!!」
 長い腕を大きく上に広げて、お客様に語りかける一ノ瀬。

 ああ、太陽が眩しい。
「一ノ瀬、お前、一皮むけたな」
 そして、自分の口から出た声はあまりにもガサガサだった。
「ンキュ」
 一ノ瀬からも負けず劣らずのカスカスな返事が返ってきた。
「え?なんて?」
 だが、予想通り一ノ瀬が言い直すことはない。まぁ、もちろん何を言ってたかなんて、ちゃんと分かってるんだけど。

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