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#詩

揺籃期

踏切を待つ間に夜を洗う風が吹く
通り過ぎる電車に浮かぶ
方々へ別れる予定の人々は
灯台の顔をして揺れている

遮断機があがると道が生まれた
真っ直ぐに進むことをこばむ足は
敷き詰められた小石に触れる
それは 未完の寄り道
いつか水底で
ねむっていた時間に繋ぐ
渡れる川を横断する

遠景にころがる果実に映された、いくつもの呼びかけ

皮を剥くように
拡がるとばり
手招きする一歩手前で止めて
転写され

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十二月の橋を渡る

交互に眠る寝台が時間を止める
カーテンの隙間からさす光が
冬の鳴き声を拾う
あれはよくやってくる猫だった
去る季節の流れの中で
散歩する尾

マフラーをきつく締め直す
空気をのこさないよう
念を入れて
薬缶で湯を沸かす時間だけ休める朝方には
躰をたたんでいる

電車が一気に停車し
ドアが開く
ひらいた扉が作るうつろな道は
ホームを幾つも跨ぎ
光の道筋をしるし……

横断します
初めて降りる駅の懐か

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檻

胸に張る蜘蛛の巣に
質問するように胸をおさえた
書けなかった言葉は
どこへ行ったのか、と

深く沈んだ芽を
摘めるのにちょうどいい
手の強さを獲得するまで
潜水を続けた
水面に映る月を見れなくても
夜行バスの揺れのように
信じるということは

目を閉じて海底へ進む
終わりがかろうじて読める旅

完成した蜘蛛の巣に水が引っかかる
無意識に挟み込んだ栞が
点滅する

 ✽ ✽ ✽

1/7の琉球詩壇の

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冷え

エキセントリックという名の犬を飼っていた。一糸乱れずラジオ体操をしてしまう私によく吠える犬だった。普通に振る舞うほどに目立ってしまって、普通との間にある不均衡に癒されていた。彼の耳が蝶のようにホバリングしている。添い寝するときの、同期していく感覚。天気が悪かったからだろうか、適度に湿った耳の柔らかさが香りを連れてきた。あれはどの町の魚市場だったか。滑らないように注意深く市場の通路を行く。てらてらと

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遥けき空

星が燃えそこねたような
ちぎれ雲が浮かび
足を浸したくなる

ブランコに乗る時
靴を履いていた
地面を蹴る時に
まだ着く足
守られているようで

空の高さを知るために
風は昨日から吹くのだろうか
開いた指の間に屋根が咲く
散歩する人を収める
地を蹴れなくなる日は
忘れたふりをして……

いまも仰げる空があるなら
今日みたいな日
目を留めるため
犠牲となった
星を数えな

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踊り場にて

飛び出せるかも分からずに
手すりに引っ掛かり
1マイルずつ蹴伸びして進むのに憧れていました
(点滅している
(心臓の横で
(受話器が喉をひらいて
点字ブロックをなめらかになぞる

空気に触れ
甘い金木犀の庭に行きましょう
写真が何枚も干され
風景の引き算をしている最中で
我慢できずに買いに
出かけてしまうのですね
それでも開けることをやめられない
開封ラベルのささめきが
その都度膨らむ
から
芳し

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おはなし、放し、葉

ベビーカーだと思っていたら
隠れていた犬が吠えだした
空気を震わせる朝に
木はじっとしている
じっとしているがゆえに目立つ葉の解散

瞳を固定させて
来たる冬の予感を輪くぐり
ここに雪は降らないけれど
降り方は覚えている

告げるように一枚、二枚
二枚、三枚、はらはら
胸に飲み込んで窒息する

汲み上げる月

蜂の巣のような鏡の前で
乾かすように姿を映す
緑の服を着ているからって
花火は打ち上がらないでしょ、
何分割もされて責められている

多角形のかたまりは
ばらすと意味になり
怖くないと話し始めまた集まりたがり
私を蜂にさせたがる
掴めない空に針を浮かべ
方角を知るそのとき
浮いた胸に実が落ちた

涼しいプールに水切りをして
月を引きこむことができたらいいのに
乾いた胸中に横切る
真新しいジュースに

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完了形の行方

重い腕に
注射を打ったばかりの腕に
雨音を聞かせて横になる

届いたばかりの三通の手紙
確かに生きているということ
書けるということ
そっと噛み締めながら
使える右手で返信の出だしを生む

終わることを知らないから
雨は降り続けることが出来て
夜にも昔にも回路が満ちて
置き石に目隠しを与えて

切手は余分にあります。

(追記:ワクチン接種一回目の記録として書いたもの)

まだ祝いたい鐘の横まで

風が流れて歌う
オリーブの葉が落ちて
歌に混ざって手を繋ぐ
光の先にあるように見えて
まだ午後の続きだった
話が続くところまで歩こう
二度目の風が
ケサランパサランを鼻まで運び
好きだった歌にまで触れた

午後ゆらぐ日輪

まだ西日がひかり
水面をまだらに照らす午後
河川敷に集う人々の
影はまるい

着水を続ける白い鳥の
断続的な打点は
緊迫のあとの安堵か
安堵のあとの緊張か
わからないが
確かにのぞまれていた

破った恋について話す
男の子
その横に置かれたアルコールの缶を
無邪気に倒して走り去る子供

これも打点だ

数メートル先で
音を集めた右手には
着水を覚えたばかりの
手紙が握られている

遮断機の高さ

開かずの踏切の前で
乾いた魚が背伸びしている
乗客の心を反映して
黄色の車体が去って行く

電車に乗り込めなかった人の代わりとして
ここに立っています

魚の宣言が金曜日の窓を磨く

雨の日の証明

降りだす前に出かけようと
わたしはアパートの階段を降りる
視線を送った先には
男性に抱かれながら
家に入る犬の姿
閉まるドアの手前で鮮やかに
どことなく湿っている毛並みと
空を映す瞳が素敵ね
近所なのに
鳴き声なんて一度も聞かなかったのは
あなた室内犬だったからなのね

犬が眠り 丸くなる家の前を
毎日通っていたんだ

優しい灯りの正体が
一つ暴かれて
湿気の中で微笑んだ

バナナ観察

雪崩のように均一な世界なんだと
蹲りながら考えていました
暑さに弱いクチナシの花は
蕾を結んだまま部屋の中で存在感を増しています
話したい、はなしたい、離れたい、放たれない
(でも、そんなに嫌じゃない)
(あなたがこうして気にかけてくれるから)
開かれたままの眸はバナナ
死んだ香りを閉じ込めて南米に出荷される夢を見よう