冷え

エキセントリックという名の犬を飼っていた。一糸乱れずラジオ体操をしてしまう私によく吠える犬だった。普通に振る舞うほどに目立ってしまって、普通との間にある不均衡に癒されていた。彼の耳が蝶のようにホバリングしている。添い寝するときの、同期していく感覚。天気が悪かったからだろうか、適度に湿った耳の柔らかさが香りを連れてきた。あれはどの町の魚市場だったか。滑らないように注意深く市場の通路を行く。てらてらと光る大きな氷。興味のあるものに惹かれて、また変な歩き方している。(犬は家で休んでいる)マグロの解体ショー。連なって下げられたホタテがあれば、そこが祭壇で。赤いカーペットを持参して歩いたとかいう、花魁に扮した成人式の女もここを訪れただろうか。同じようにウォーキングするだろうか。追いつかない理解を歓迎する。遅延は常に甘美だ。冷える糸が釣られる。吠えなくなった犬の鳴き声は置物に変わっていて、少しだけ泣いた。

初出:文学フリマ東京35 開催記念企画
「3日で書け!」 2022.11.20発行
お題 エキセントリック
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お題を出されてから3日以内で書く企画。これは臓物を引きずり出す感じで書いた。


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