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今年必読の1冊。『台湾のデモクラシー メディア、選挙、アメリカ』渡辺将人

今年は台湾の選挙イヤー。そのおかげか、昨年、一昨年と台湾関連の良書がたくさん出版されて、うれしい悲鳴の日々。読むのが追いつかなくて仕事を放棄したくなるくらい。でも、まさかそんな大豊作の中で、予想もしないような読み応えある本が出てくるとは。学問の可能性は、どこまでも果てしない。うれしい。

これまで日本で出版されてきた、どんな台湾の歴史の本とも、全く違う渡辺先生の本。アメリカで政治活動を実際にやったことがある、渡辺先生ならではの視点から台湾のデモクラシーについて書かれています。ちょうどこの文章を書いている最中は、アメリカの選挙の話題一色。読みながら、昔見た映画を思い出しました。

1945年の日本の敗戦で中華民国になった台湾。中国大陸で毛沢東率いる中国共産党に負けた蒋介石が台湾に撤退し、中華民国政府をおきます。約40年にわたって戒厳令がしかれ、一党独裁の社会だった台湾。そこからどういうふうに民主化が進められたのか、これまでの多くの本は、台湾島内の政治と民主化運動に焦点があたっていたと思います。

でも渡辺先生の本は、戦後の台湾から多くのエリートがアメリカに留学して、アメリカの民主主義のスタイル(特に選挙運動やメディア戦略)をモデルに台湾へ持ち込んだ試行錯誤の歴史がすごく詳しく、そしてわかりやすく書かれています。どんな留学生が、アメリカのどんな方法を取り入れたのか、取り入れなかったのか。実例の1つ1つが興味深くておもしろいです。

例えば、選挙運動と台湾の夜市の関係。確かに、投票日直前まで続けられる夜の演説会は、国民党と民進党それぞれカラーがあって、舞台の周りには屋台が出て、食べ物やグッズも売っているし、お祭り気分でした。バスやタクシーのポスターだらけ、フラッグだらけも確かに台湾独特でした。あのノリは確かに、台湾ならでは。

そして実際に、渡辺先生がアメリカ留学していたときに知り合った、たくさんの台湾エリートたちの発言と、台湾帰国後の民主化へ向けた活動の積み重ねが本当に貴重です。アメリカでアジア系の選挙対応を担当したときの複雑さがすごい。渡辺先生の緻密な取材力と経験、本当に読み応えあります。

もちろん、台湾ならではの地域事情や、戒厳令解除後の自由化が却ってTVメディアのマイナスに働いた側面、日本のニュースショーの悪影響などなど。デモクラシー(民主主義)っていうのは、選挙をやれば実現するんじゃなくて、昔からの教育や慣習、メディアのあり方との関係が深くて、台湾みたいにもともと独裁国家だった国ならではの実例の提示に、うならされてばかりです。

台湾の政治討論の番組、なかでも選挙報道をめぐる資金の、台湾のTVの独特なシステムが本当におもしろい。そもそも、討論番組がなりたたない日本からみると、以前はうらやましいなと思っていたくらいですが、渡辺先生の本を読むと、台湾は台湾でやっぱり問題があることもわかります。

そして、そういう型通りのTVメディアに飽きたらなかった人気と実力を兼ね備えたニュースキャスターが、偶然のようにyoutubeで独自のメディアをつくることになり、番組は台湾だけでなく、中国語を通じて海外の人々にも伝わるようになっている話(でも利益がでない)についても、いろいろ考えさせられました。

あとは、やっぱり言葉の問題。台湾は「国語」が2度も強制的に変えられたという記述にどきりとする一方、選挙でいわゆる「台湾語」を使わないと、演説会場の雰囲気が一変するのは、わたしも現地で何度も見たからわかります。多様な人々が現在では「国語」でほぼ通じるのに、政治的な理由でMRTなんかが多言語だという記述にも、またドキリ。「台湾語」がその歴史ゆえに持ってしまう政治性。難しい。

それなのに、台湾語を使う若者が減り、台湾使わない人を疎外するジレンマ。いつぞやのひまわり運動のときのテーマソングが確か台湾語だったと記憶していますが、「もし國語(=普通話)」だったら大陸の若者や海外の中華系の人たちと繋がれるのに……」といった意見があったのを思い出しました。台湾島内の(全てではないけれど)一体感が、普遍的な言語を使うと地元と乖離してしまう。

昔、ミシェール・ヨーがアウン・サン・スー・チーを演じたとき、彼女は軟禁されている間、自分の訴えを英語で書いてあちこち貼っていたシーンを思い出しました。彼女の周りをとりまく大多数のミャンマーの人たちには、英語の訴えは読めないのに、なぜ?と感じた違和感。今なら、その複雑さもわかるのですが。

あとは、やっぱりアメリカ政治におけるアジア・マイノリティの位置の複雑さは、現地で生活したり政治活動した渡辺先生ならでは。中華系の中での広東語系の独特な影響力、台湾の国民党系か民進党系かの複雑さに加えて、最近の大陸からの移民たちとの対抗関係。とはいえ中華系もいろいろ複雑で、両親のルーツがバラバラの場合とか、民主化メディアにいる匿名の大陸出身者たちとか。初めて知ることだらけ。

とにかく、最初から最後まで読み応えあって、多分ここ一〇年くらいの台湾関連の本の中で不動のベスト1になる予感。台湾に興味がある人だけでなく、できるかぎりたくさんの人に読んで欲しい本。おすすめです。



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