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ハン・ガン氏のよこがおがすき「すべての、白いものたちの」を読んで

よこがおがすきだな

みぎがわからの

よこがおがすき

こえもなにもしらないけど

すこしほほえんでいる

そのめと

めのしたのなみだぶくろの

ふくらみぐあいもちょうどいい

しんぶんのきじでみたモノクロームの

はじめてみる

よこがおに

すきとおもう

なんにもしらないくせに

そんなじぶんをへんなのっておもうけど

すきっておもう


ノーベル文学賞を受賞された
彼女の本を一冊読んで
やっぱり好きって思う

もしかしたら
彼女の左側の横顔も好きになるのかも知れない

でも、もしかしたら
もう一冊彼女の本を読んだら
正面から彼女の顔を見てしまったら
好きだけではいられなくなるのかも知れなくて

だけど、彼女の本を全て読んだら
やっぱりただ好きって思うのかも知れない



ハン・ガン氏の本を読みました


「すべての、白いものたちの」
           
           ハン・ガン
                 河出文庫



訳者の斎藤真理子さんが「すべての、白いものたちの」の補足の中で
本書は、装置であり回廊であり読むというよりは
その中を歩く本であり、通過する本
読む人自身が完成させる小説なのである、と言われています


『わたし』が歩いたハン・ガン氏の「すべての白いものたちの」


韓国語で白い色を表す言葉には
綿あめのようにひたすら清潔な白「ハヤン」と
生と死の寂しさをこもごもたたえた色「ヒン」があって

ハン・ガン氏が書きたかったのは「ヒン」についての本
白いものの目録をつくるところかはじまったそうです

おくるみ うぶぎ しお ゆき こおり つき こめ なみ 
はくもくれん しろくわらう はくし しろいいぬ はくはつ 寿衣

一章「私」
二章「彼女」
三章「すべての、白いものたちの」

詩のような形で
連作散文詩といった趣で
(解説で平野啓一郎氏が言われています)
綴られています



一章「私」では

しなないでおねがい

ハンガン氏のお姉さんがお母様にそう声をかけられながらわずか二時間
で亡くなられたこと。八ヶ月の早産でタルトックのように色白の女の子
だったことなどが「私」によって書かれている
               ※タルトックとは月のように丸い餅のこと

タルトック

〜ある人に小さい時に何か悲しいことが身近にあったのではと聞かれて思い出した事は死の物語の中で育った事、幼いけものの中でもいちばん無力な生きもの、タルトックのように真っ白で美しかった赤ん坊。その子の死んだ跡地へ私が生まれきて、そこで育つ物語りだった‥

P23より

不意に『わたし』は、病院に流産をした母を父とお見舞いにいった時の事を
思い出した、ベットの上で私の名前を呼んで涙ぐんだ母の姿
何故だか優しく声掛けが出来ず母を避けてしまった子供の時の自分を

母の入院中、いつもより暗い平日の朝カーテンはオレンジ色
父の作った甘い玉子焼きのこと
病院へ向かう時車の後部座席に寝転んでみた電線の事

きょうだいが欲しくて、夢の中で真っ暗な押し入れの中で
小さな赤ちゃんを抱きしめたつもりが、いつも遊んでいる「あぶちゃん」
(人形)に変わっていて悲しくて目を覚ました事を


私の生と体を貸し与えることによってのみ、彼女をよみがえらせることができると悟った時この本を書きはじめた

P178  作者の言葉より

亡くなられたお姉さんに

今、あなたに私が、白いものをあげるから

P48より

「私」は伝える



二章「彼女」では

現世であって現世ではない
そこでは姉が「私」を生きている
または「私」が姉によって再び生きている
(斎藤真理子さん『すべての、白いものたちの』への補足から)

そんな「彼女」の言葉たち



寒さが兆しはじめたある朝、唇から漏れ出る息が初めて白く凝ったら、それは私たちが生きているという証。私たちの体が温かいという証。冷気が肺腑の闇の中に吸い込まれ、体温でぬくめられ、白い息となって吐き出される。私たちの生命が確かな形をとって、ほの白く虚空に広がっていくという奇跡

P87より



第三章

あなたの目

あなたの目で眺めると、違って見えた。あなたの体で歩くと、私の歩みは別物になった。私はあなたにきれいなものを見せてあげたかった。残酷さ、悲しみ、絶望、汚れ、苦痛よりも先に、あなたにだけはきれいなものを。
でも、思うようにいかなかった。‥

P149より

「私」は姉に惜別の挨拶を贈る、亡き母におくる衣装を焼くことが儀式である
(斎藤真理子さん「すべての、白いものたちへ」の補足から)



翼のようにまとってください。言葉の代わりに私たちの沈黙があの煙の中に溶けているのだから、苦いお薬のように苦いお茶のように、あれを飲んでくださいと

P161より

最後の章の終わりに

白樺林の沈黙の中にあなたを見るだろう。冬の陽が入る静かな窓ベで見るだろう。天井に斜めに差し込む光線に沿ってゆらめき光るほこりの粒子の中に、見るだろう。それら白いものたち、すべての、白いものたちの中で、あなたが最後に吐き出した息を、私は私の胸に吸い込むだろう。

P186

天井に斜めに差し込む光線に沿ってゆらめき光るほこりの粒子の中に見るだなんて、なんて繊細なことだろう、そして最後に吐き出した息を、胸に吸い込むだなんて‥

このハンガン氏の言葉にむぎゅっと胸をつかまれました

長くなっておりますが
心惹かれたお話しを二つ

角砂糖

〜9歳の頃にみた角砂糖、白い紙に包まれた正六面体をそっと撫で角のところをそっとつぶし、舌をあててみてくらくらするような甘い表面を少しだけかじり、最後に水のコップに入れて、溶けていくようすを観察する遊びにふけった

P103より

ハンガン氏と同世代の私なので、子供の頃角砂糖は特別でその溶けていく様子を
ながめるのが好きだったことを思い出します


そしてこう続く

〜今、彼女はもうそれほど甘いものが好きではないのだが、ときおり角砂糖が盛られた皿を見ると、何か尊いものに出会ったような気持ちになる。
ある記憶は決して、時間によってそこなわれることがない。
苦痛もそうだ。
苦痛がすべてを染め上げて何もかも損なってしまうというのは、
ほんとうではない

P103より


もう一つ惹かれて勝手にもしかしてこれは
私の好きと感じるハンガン氏の笑顔のことのようと思う

白く笑う

‥白く笑う、という表現は(おそらく)彼女の母国語だけにあるものだ。
途方に暮れたように、寂しげに、こわれやすい清らかさをたたえて笑む顔。
または、そのような笑み

あなたは白く笑っていたね。
例えばこう書くならそれは静かに耐えながら笑っていようと努めていた誰かだ。

その人は白く笑ってた。
こう書くなら、(おそらく)それは自分の中の何かと訣別しようとして努めている誰かだ

P97より


『わたし』はハン・ガンさんの笑顔が好きだ


とても長くなりました、お時間をいただき最後まで読んでくださり
ありがとうございました

読者は誰も、作者と同じではなく、主人公と同じではない。しかし、作品は他者としての読者を受け入れる大きな器であり、そのために、それ自体が充実していなければならない。それは、本作に内在する主題そのものでもある

P190 解説 恢復と自己貸与  平野啓一郎より





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