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ピリカの曲からチャレンジ!

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7/30~8/6までの ピリカ新企画「曲からチャレンジ!」投稿作品集!
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#掌編

【曲からショート】めずらしい人生

川べりにたたずんでいた時だ。 どこかで音楽を聴いた気がした。 すれ違った自転車からこぼれたのか。はたまた、遠くのサイレンか。 何だろう懐かしい気持ち。 「音と香りは記憶を呼び覚ますんだって」 怪訝な表情で耳をすませている僕に、隣の君がこう言った。 「メロディー聴いて 思い出す場面とかあるじゃない?香りもそうだよね。シチューの匂いで冬の台所に立つお母さんを思い出したり」 君は笑う。 はたして僕の中で流れる音楽は幸せな記憶につながっているのだろうか。 少なくても

越南最終皇帝 第561話・8.6

「陛下、どうやら日本も終わりのようですな」首相のチャン・チョン・キムは、陛下と呼ぶ皇帝の前で一礼するとそう報告した。  1945年8月、場所はインドシナ半島の東に続くベトナム帝国。この国家は3月にできたばかりの新しい国であったが、帝国皇帝は、阮(グエン)朝の第13代皇帝のバオダイ(保大)が、引き続きその地位にいた。  1802年に成立した阮朝は現在のベトナム中部にあるフエを都としていたが、1858年以降は、フランスの影響下に置かれることになる。  現在のラオス、カンボジア

【曲からショート】sincerely

「小峰先生も来てくれるって」 スマホを確認しながらサトコが言った。 居酒屋のガヤガヤした店内。どうやら今夜のミニ同窓会に担任を招いたようだ。 私達は女子高の同級生5人。ちなみに全員独身。じゃないと、夜に気軽に集えない。 サトコはバリバリのキャリアウーマンだ。真ん中に座るリエは一回結婚したけど今はフリー。隣のエミはクリニックの受付。カナミはOL。最後に私は看護師をしている。 エミの職場が近いことがきっかけでよく会うようになった。 それから集まりやすい5人組でミニ同窓会

【曲からショート】Seed

箸にも棒にもかからなかった、そういう事だよね。 パタンと雑誌のページを閉じた。 馴染みの文芸雑誌。 そこに自分の名前が載っていることを期待していたけど、編集後記まで目を通しても私はどこにもいなかった。 幼い頃から本が好きで。読むことはもちろん、頭の中でお話を考えるのが大好きだった。 いつしか「作家になりたい。自分の本を出したい」という夢ができた。  文字を書くよろこび。自分の描いた世界がどんどん広がっていく。 それは誰にも止められなかった。   そんな時に知り合っ

【曲からショート】hitch hike

離婚した。 結婚7年、スイート10まであと3年。周りには随分と止められた。でも味方してくれる人もいたので決心した。 二人暮らしだったマンションを引き払い、私はこれから新しい生活を始めるのだ。 好きで結婚したはずなのに、だんだん歪んでしまった。自分を出せずに苦しくなった。 相手の顔色をうかがってビクビクする日々。元夫はDVするような人じゃなかったけど高学歴のエリートゆえ、プライドが高かった。「自分が正しい」タイプ。 結婚前に知らなかった面に戸惑いながらやって来たけど、

【曲からショート】Replay

叶わない想いはどうしてくすぶるのだろう。 あの時ああしていれば。 後悔が胸に残る。 じわじわと、時間が経つほどにせり上がってくるのだ。 私はまだ彼が好きだった。 1つ年上の倉繁は憧れの先輩だった。 友達の彼氏の友達。なので一緒に遊ぶことが多かった。 自然と距離を縮めてお付き合いすることになった。 出会いがあれば別れがある。 それは必然。わかってる。 先に卒業した先輩とは距離が開き始めた。 生活時間も違う。デートしても会話が弾まなかったり気まずかったり。

【曲からショート】君がいたから

ざわめきの中で君の声を聞いた。 「あなたはあなたを貫けばいいよ」 あれはどんな口調だったかな。 投げ捨てるように?諭すように? はっきり思い出せない。 でも思い出す君の顔は、いつもそう、笑っている。 僕に向かって。 苦労した就活ののち、やっと入れた会社だったけど僕は不満だった。 希望の部署に配属が叶わなかったからだ。 今となれば何青臭いことを言ってるんだと叱咤できるが、当時は周りの声なんか聞こえない。 「石の上にも三年」とりあえず3年は我慢して、それから自

【曲からショート】コーヒー屋のおねえさん

その日僕はさみしかった。 何と表現すればいいのだろう。 心に風邪をひいたような。 心の中が寒々しかった。むなしくて何をする気にもなれなかった。 家にいてもすることがないので気分転換に外に出た。 住宅地のなんてことない通りをあてもなく歩く。ポケットに小銭入れだけ入れて。 電話は置いてきた。どうせかかってこないから。 次の角を曲がり、さらに曲がったところに車が停まっていた。キッチンカーというのだろうか。 白いワゴンがお店のように開いていた。漂ってくる香り。コーヒー

【曲からショート】レトロメモリー

最後は怒鳴り合いみたいになった。 わかって欲しいのに伝わらないもどかしさ。 本当は、1番わかって欲しいのに。 進路希望を提出する日が迫っていた。ずっと白紙のまま逃げていた進路。 私はこの先どうすればいいんだろう。どうすれば母は喜んでくれるだろう。 いつしか私は自分よりも母を優先して考えるようになっていた。 我が家は母子家庭だ。小学生の頃に両親が離婚して、母に引き取られた。 保険外交員をしていた母は朝から晩まで働いて、私を高校まで入れてくれた。感謝している。 母

【曲からショート】ドーナツ・ソング

はじめてのお土産は長くて四角い箱だった。会社から帰ってきた父の手にそれはあった。 「お土産あるぞ」 得意そうに掲げて。 箱を受け取り母の元へ走る私。後ろを妹がついて来る。 「お母さん、お父さんがお土産だって」 夕飯の支度をしていた母が手を止めて振り向く。 「良かったね。でもごはんだから後で開けようね」 えー?不満げな姉妹から箱をさりげなく取り上げ、手の届かない棚の上に置いた。 待ち切れないワクワクをだましだまし、嫌いなピーマンも頑張って飲み込んだことを憶えてい

【曲からショート】DOG'S LIFE

今朝もバタバタと出かけて行った。 あのカーディガン、昨日昼寝に使ったから毛だらけだと思うんだけど。ちゃんとブラシで払ったのかな。 出かけるときは僕の額にキスをくれる。軽く。それから手を振ってドアから出て行くんだ。 僕はアトラスと呼ばれている。ここに来てどれくらいなのかな。時間の数え方はよくわからない。 一緒に暮らしているのはマユだ。お母さんがそう呼んでた。 ここにはマユとお母さんとお父さんとおじいさんが住んでいる。 マユは毎日同じ時間に出かけて、バラバラの時間に帰

【曲からショート】with you

沈みきった人にどう声をかければいいのか僕は知らない。 励ますような言葉も持っていなかった。 付き合いは長いけれど、こんな時に役に立てない自分を情けなく思う。 「付き合って欲しいの」 泣き腫らした目をした姉が僕の部屋をノックしたのは明け方だった。 車のキーを差し出して 「あんた運転して。私ちゃんと前見る自信ない」 恐ろしいことを言って僕にキーを放った。 寝ぼけまなこの僕は慌ててキャッチする。 「今何時?ちょっと支度するから待ってよ」 「こんな時間誰にも会わな

【曲からショート】何かが夜をやって来る

対角線上に彼はいた。 合コンの2次会はカラオケだった。 人前で歌うのは苦手だから私は端に座り目立たないようにしていた。そもそも気乗りしない人数合わせの合コンだったのだ。 他のみんなは盛り上がっている。酔っぱらって、陽気な人たち。 控えめに飲んだだけの私は冷静に彼らを観察していた。 ここの照明は暗い。薄暗い中で彼の目が光った気がした。光の加減かもしれない。 実りのない合コンから数日後、友達から声がかかった。 何か沙弥のこと、気に入った人がいたんだって。 正直興味

【曲からショート】片恋同盟

ふと目が合った。 フェンスから1番遠い位置。 フェンス周りの一軍は可愛い女子だらけ。マネージャーからの注意に噛みついている。その周りに二軍。一軍女子に気負いしながらも肩の隙間から背伸びしてグランドを覗き込んでいる。 ここからはグランドの中まで見えない。ボールの音と歓声が聞こえるだけだ。短めスカートの後ろ姿の大群しか見えやしない。 思わず舌打ちしそうになった時、横にいる彼女に気付いた。 あなたも? 視線で問いかける。2回頷いてくれた。どうやら同志らしい。 野球部の