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【曲からショート】何かが夜をやって来る

対角線上に彼はいた。

合コンの2次会はカラオケだった。

人前で歌うのは苦手だから私は端に座り目立たないようにしていた。そもそも気乗りしない人数合わせの合コンだったのだ。

他のみんなは盛り上がっている。酔っぱらって、陽気な人たち。

控えめに飲んだだけの私は冷静に彼らを観察していた。

ここの照明は暗い。薄暗い中で彼の目が光った気がした。光の加減かもしれない。


実りのない合コンから数日後、友達から声がかかった。

何か沙弥のこと、気に入った人がいたんだって。

正直興味がない。ただの人数合わせ。

私は彼氏なんて欲しくなかったからだ。


前回の合コンメンバーから極限に人数を減らした飲み会が催された。

大学近くの多国籍料理の店。ここは明るく陽気な音楽が流れていた。

着席したのは4人だけ。

先日私に声をかけた友達とその彼氏(最近付き合い始めたらしい)、私を気に入ったらしい人、私だけだった。

気詰まりな食事会。断りきれず来てしまったけれど気が重かった。

「沙弥、こちらは内海くん。工学部の2年生」

内海くんは対角線上の彼だった。今日も黒い服を着ている。全体的に暗いイメージ。無口だし。

「かんぱーい」

友達とその彼氏だけが盛り上がって声を出している。コロナビールに口をつけてから私はポテトに手を伸ばした。食べなければ間が持たない。

その場で喋っていたのは主に友達とその彼氏だ。私と内海くんは体のいい盛り上げ役だったのかもしれない。今は思う。


私たちはあまり喋らず、飲んで食べ続けた。トルティーヤチップス。シーザーサラダ。ガーリックシュリンプ。マルゲリータピザ。

向かい側に腰かけて延々と。沈黙を消すように口を動かした。


ただの食事会から数日後、購買部で再会した。何となく会釈し合う。私はシャーペンの芯を、内海くんは飲み物を買いに来ていた。

会計の後で声をかけられる。

「この前はよく食べてたね」

「そっちもね」

「だってあいつらばっかり盛り上がって間が持たない」

低い声で呟いた。今日はグレイのシャツを着ている。

「じゃあ」

笑ってごまかしながら私は購買部を後にした。

またね、は言わなかった。

たかが2度食事しただけの人だ。2人きりではない。通り過ぎただけの人。私はそう認識していた。

なのに。


黒やグレイの色彩の中で光る目を見てしまった。私に向けられた視線。

気に入ってるらしいと聞いたけど彼の口からは一言も出て来ない。

考えないようにしているのに気がつくと彼にたどり着いていた。


「飲まない?二人で」

数日前に6号館の前で彼と擦れ違い、思わず足を止めてしまった。その時に彼が言ったのだ。


だから私は今、夜を走っている。

光る目の、彼に向かって。


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