【曲からショート】Seed
箸にも棒にもかからなかった、そういう事だよね。
パタンと雑誌のページを閉じた。
馴染みの文芸雑誌。
そこに自分の名前が載っていることを期待していたけど、編集後記まで目を通しても私はどこにもいなかった。
幼い頃から本が好きで。読むことはもちろん、頭の中でお話を考えるのが大好きだった。
いつしか「作家になりたい。自分の本を出したい」という夢ができた。
文字を書くよろこび。自分の描いた世界がどんどん広がっていく。
それは誰にも止められなかった。
そんな時に知り合ったのが同い年の彼女だった。
小説家入門という講座に通い始めてまもなく、隣の席になったことがきっかけで仲良くなった。
悔しいけど彼女の作品はずば抜けて上手く、講評も納得のいくものばかり。
眩しく思いながら私は激しく嫉妬した。
講座終了後間もなく、出版社の新人賞を獲った彼女は私のずっと先を歩いて行ってしまった。
相変わらず私は書き続けている。
部屋に籠もって、誰とも会わずに。
生活のためにテレアポの仕事をしているが、顔の見えない相手のクレーム処理をするばかりの日々。
ブースで仕切られている職場は、同僚の顔もよく見えない。
書くことを優先しているから、付き合いもほぼない。
単調な暮らしの中では文章も平坦になる。
その雑誌で彼女は連載を持っている。
なかなか人気のようで巻頭ページだ。
もう会えないくらい遠くへ行っちゃったな…。
彼女からのメールに返信しなかったことを今更悔やむ。
あの頃私たちは同じ夢を見ていたのに。
どうして違っちゃったのかな。
夢の種は同じなのに、私の花は咲く気配がない。
ある日書店で偶然手に取った詩集があった。その中のワンフレーズが目に留まる。
「みずから水やりを怠っておいて」
ぎくりとした。
「ばかものよ」
声がした。
私は種を埋めただけで、何もしていない…。
やみくもに文字を重ねるだけでは心に響かない。だって書いてる本人が感動してないんだから。
私、このままじゃ、だめだ。
彼女に聞いてみたい。教えてくれるかな。今さらだけど。
作品を生み出す原動力は何だろう。
いや、そんな難しくなくていい。
久しぶり。今どんな暮らしの中で書いてるの?
書く楽しみを取り戻したいんだ。
あの頃のように。
メール、してみよう。この場所から。
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