【曲からショート】with you
沈みきった人にどう声をかければいいのか僕は知らない。
励ますような言葉も持っていなかった。
付き合いは長いけれど、こんな時に役に立てない自分を情けなく思う。
「付き合って欲しいの」
泣き腫らした目をした姉が僕の部屋をノックしたのは明け方だった。
車のキーを差し出して
「あんた運転して。私ちゃんと前見る自信ない」
恐ろしいことを言って僕にキーを放った。
寝ぼけまなこの僕は慌ててキャッチする。
「今何時?ちょっと支度するから待ってよ」
「こんな時間誰にも会わない。上から何か羽織りなさいよ」
勝手にそこに掛けてあったパーカーを放った。まったく…乱暴な姉だ。
姉が最近いろいろうまく行っていないことは薄々感じていた。
あまり喋らないし疲れて見えた。仕事が忙しいのだと思っていたが、それに加えて恋が終わったようなのだ。
「てっきり結婚するかと思ってたんだけどね」姉のいない台所で母が言っていた。
何度か顔を見せた姉の恋人。こんな時実家暮らしは不便だ。すべて筒抜けになってしまう。
「どこ行けばいいの」
助手席の姉に尋ねた。行先が分からないと発進しようがない。
「海」
かすれた声の答えが帰ってくる。
「海ってどこの?海岸?湾岸方面に行けばいいの?」
「あんたに任せる」
やけっぱちだ。こんな時間に弟をこき使うくせに。
でも今は非常事態なのでその言葉は飲み込むことにする。
かくして車は自宅のガレージを出発した。僕は下道を通って海岸を目指した。小さい頃に海水浴に行った辺りだ。懐かしい海。
ラジオも早朝なのでDJなしのインストゥルメンタルが流れる。
今の姉にはちょうどいいかもしれない。人も車も見かけない道をひたすら走り続けた。
小1時間経っただろうか。海岸に到着した。コインパーキングに車を停めて外に出る。
姉も僕も上着を羽織っていたけど風が冷たかった。
姉は僕より先に砂を踏みつけながら進んでいく。
まさか海に入って行かないよな。心配になって小走りで追いかけた。
「ごめんね、付き合わせて」
ポツリと姉が言った。砂浜にしゃがんで手元に落ちていた貝殻で砂をかいている。
「昨日、遅かったんでしよ?」
急な残業で確かに帰りは遅くなった。
姉は僕よりも先に帰宅していたが、夕飯もそこそこに部屋に引き上げていたはずだ。
「いいよ別に」
「優しいよねあんたは」
何で彼女いないんだろうね。余計な1言がついてくる。
少し黙った後、絞り出すような姉の声が聞こえた。
「終わっちゃった」
あんなに一緒にいたのに。私全然わかんなかった。もう私のこと好きじゃないんだって。女として見れなくなったって。まくし立てるように続いた。それから。
「うわぁーん」
子供のように盛大に泣いた。30歳のいい大人なのに。
泣き続ける姉を僕は見守った。
こんな時は黙っている方がいい。きっと僕が何か言っても響かないはずだから。
泣き声に上手く波音がかぶさって姉を隠した。
泣いたらいいよ。
ここにいるから。
泣き止むまで待ってるから。
姉ちゃんは1人じゃないからな。
心の中でそっと呟く。
さんざん泣いた姉はゆっくりと立ち上がった。
「冷えた。熱いコーヒー飲みたい」
砂浜をコインパーキング方向に歩き出す。僕も後を追う。
「そこのセブンでいい。私こんな顔で入れないからあんた買ってきて。ホットのブラック。ラージでお願い」
ポケットから財布を出すと僕に放った。
まったく。財布をキャッチしてコンビニに歩きかけた僕の背中に
「何でも好きなもの買っていいから」
素っ気ない姉の声が聞こえた。
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