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越南最終皇帝 第561話・8.6

「陛下、どうやら日本も終わりのようですな」首相のチャン・チョン・キムは、陛下と呼ぶ皇帝の前で一礼するとそう報告した。

 1945年8月、場所はインドシナ半島の東に続くベトナム帝国。この国家は3月にできたばかりの新しい国であったが、帝国皇帝は、阮(グエン)朝の第13代皇帝のバオダイ(保大)が、引き続きその地位にいた。

 1802年に成立した阮朝は現在のベトナム中部にあるフエを都としていたが、1858年以降は、フランスの影響下に置かれることになる。
 現在のラオス、カンボジアを含めて構成されていた、フランス領インドシナ(仏印)の保護国として、事実上フランスの植民地状態が続いていた。
 ところがこの1945年3月に、日本軍が介入し、フランス軍と戦闘。明号作戦と呼ばれたこの戦いに勝利した日本軍が、フランス領インドシナの実質的な支配者となっていた。

「そうであったか」バオダイは、静かに玉座に座り、姿勢を正したまま首相の報告に耳を向ける。
「今朝の報告によれば、本日8月6日の朝に日本の広島に、アメリカ軍が大型の爆弾が投下した模様。ところがこれは、今までとは桁違いの破壊力を持つもので、相当な被害があるとのことです」

「それは確か原子爆弾というものだな」「さようで」
「すでに連合国側は、先月日本に対して無条件降伏を突き付けているようだし、もう数日で決着がつきそうだな」
 バオダイは玉座から立ち上がった。
「日本軍が、あの憎っくきフランスどもを追払ってくれたのは、感謝せねばならん。これにより、フランスの支配を明記した条約が破棄でき、建前上は一応独立できた」

「さようでございますな。常駐している日本軍の影響があるので、完全な独立とまでは行きませんが、それでもずいぶんと今までの抑圧状態から解放されました」チャンの説明に何度もうなづくバオダイ。
「本来なら内相のジェムが、一番適任だったが、なぜか国外に逃げられてしまった」「なぜでしょうか? 彼は日本軍が嫌だったのかもしれませぬな」

「それはわからぬ。だが代わりに、その方が首相になってくれて、本当に良かったと朕は喜んでおる」バオダイは笑顔を見せ再び玉座に座りなおした。

「新しい帝国成立により、それまで居座っていたフランス人官吏どもを追放。地名を本来の我々ベトナムの呼び名に戻しました。また言語につきましても、中等教育の教授言語をフランス語からベトナム語に戻しております」
 得意げに語るチャン。だがバオダイの表情が少し険しくなる。
「ただ、政治犯の判決取り消し、釈放、公民権回復をしたことが、かえって反政府勢力を野に放ってしまったな」
「そ、それは!」チャンは狼狽しながら一瞬言葉をつぐんだ。
「それで、反政府の連中らはどうなっている」
「彼らは我々の政府に対し『昨年からの大飢饉と日本軍に対しての有効な策を果たせていない』と、言いがかりをつけ、各地で運動を続けておりまする。しかしこれはまことに弱りましたな。恐らく日本軍は間もなく撤退する見込み。さすれば我が国は完全に独立し、阮朝が復興いたしまする。反対勢力は、それから一掃すればよろしいかと」

 だがバオダイは大きく咳ばらいをすると「そう、うまく行くかどうか。問題はフランスがまた攻めてこないかどうかだ? 日本に追い出された、彼らは連合国側、勝者であることを良いことに再上陸の可能性がある。我が国の兵力で果たして......」バオダイはため息をつく。チャンは何も答えられない。

「陛下、宰相殿」ここで入ってきたのは、官房長官のファム・カク・ホエであった。
「フランスはおそらく上陸するでしょう。今のわが軍の兵力ではまたしても敗れ、再占領間違いないかと。その為には反政府側との共闘も考えるべきかと」

「なに? 反政府側と手を組め!」首相のチャンは怒りのあまり声を荒げる。「はい、われらの軍ではとてもフランスには勝てませぬ。反政府側と手を組み一丸となって戦わなくてはなりません」

「し、しかし連中は要注意かと。確か共産主義者ですぞ。奴らは革命を狙っているはずです。ロシアの皇帝だったロマノフ家の人たちはロシア革命後に全員処刑されました。陛下の身に何かがあれば、それは大変危険かと」
 だがチャン首相に対して反論するファム。

「宰相殿! 反政府側のリーダーホー・チ・ミンは、共産主義者ですが、むしろ民族の独立を願っていると聞きます。そしてかつてはグエン・アイ・クォック(阮愛国)と名乗っていたことも分かりました。

「なに阮愛国だと」バオダイの目の色が変わる。「伝説の革命家か、よしファムよ、反政府側と交渉できるか?」
「陛下危険です。広南国の時代から数えれば、400年支配していた阮の支配が」慌てて止めようとするチャン。だがバオダイの決意は固い。
「チャン、もうよいぞ。これは仕方があるまいな。時代は大きく変わっている。フランスは必ず再度来るに違いない。ここは革命家の力を借りて彼らの再占領を阻止せねばならぬ」バオダイはそう言い放つと、ファムに視線を移し「朕からの命令だ。ファム、交渉を頼む」と伝える。
「陛下、では私の方から反政府勢力と交渉を」そう言うとファムは一礼し、その場を引き下がった。

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 この後交渉を重ね、バオダイは自身の庇護を条件に皇帝からの退位に同意する。こうして日本の敗戦が決まった8月中に、ベトナムで8月革命が勃発。
 30日にベトナム最後の皇帝バオダイは退位した。そして9月2日にベトナム民主共和国の独立宣言がなされ、ホー・チ・ミンは主席に、バオダイは最高顧問に任命された。

 しかしそのあとフランスの再占領。そしてアメリカの介入を受けたことで、ベトナムが統一国家として真に独立を果たすまでは、この日から30年ちかくもの月日が流れることとなる。


こちらの企画に参加してみました。

 こちらラストエンペラーは、中国のラストエンペラーです。しかし同じようにベトナムにも皇帝がいて、そのラストエンペラーが1945年まで存在していたことがあるので、そちらをイメージしてみました。

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