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週刊私自身

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サウダーヂなアーカイブ。
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2018年7月の記事一覧

甘い季節。

好きな言葉はスイート、ロマンス、夢のブレンド。2月は恋の季節だ。おかげで私の大好きな言葉があっちこっちで飛び交っていた。だけど油断は禁物で、甘美な言葉は私のことを惹きつけて、そりゃないぜって落とし穴へ誘い込む。この世界は苦いを上手に使って、甘い気持ちを引き立たせるのが好きだから、私にドSだ。甘いと苦いはセット、それが世の常らしい。「ああ、私の記憶は衰えた。それほどロマンスは古い。」は夢二のつぶやき。友達に貸していた「Before Sunrise」だって、とっておきの甘さの後に

いさぎよい飯。

「きり選手、次の予定に向けて順調に自転車を漕いでいます。」 「まあ、このままいくとお昼はドウマエかnid sandで甘いものを買って済ませるつもりでしょうね~。」 「あ!止まりました!どうしたんでしょうか、急に自転車の漕ぐ足が完全に止まりました。」 「これはいけませんね。午後に間に合うのかな~。」 「何か考え事をしているようです。あ、走り出しました。と思ったらすごいスピードです!」 「あれは伝家の宝刀“立ち漕ぎ”ですね。相当急いで、何か思い立ったようだ。」 「さすが!野性的な

3月の余白。

本当は書くことを決めていたのに、よしよし今週は楽勝だ、と高を括っていたのに、全然書けないとはいかなることか。ああああああ~って腹の底から唸ってじたばたしたけど、週末に自分で調香した香りを何度もかいで、はっと気づいた。 そうだ、今日は書かない日か!もうすぐ春だし、そういうこともある。それよりもカレーを食べに行かなければ。カルダモンとグリーンマンダリンの飛び散る香りが私の食欲を刺激する。1日を終える頃には、きっと冷たい森の風が吹いて、明日を穏やかに過ごせることだろう。 201

うぐいす。

早春の甘酒ブームが今年も変わらずやってきました。発酵させるのは簡単だし、牛乳と一緒に温めて飲むと抜群に美味しい。お肌ももちもち。甘酒最強!と叫びたくなるくらいにブームになった時の自分は狂気じみてのめり込む。そのせいか、持続性はない。この習慣が続けばいいのに、今年こそはブームで終わらせまいと意気込むのだけど、残念なことに大抵、桜の花びらとともに甘酒ブームは私の元から過ぎ去ってしまうのです。 そういうことは私の一年間にもよくあって、ほとんどが同じことの繰り返しで構成されている。

森林公園。

ここ最近、インターネットやら雑誌やらあらゆる情報を掘り返していて、はたと立ち止まった。「自分が本当にお金を出して買いたいもの」て一体何…!そういうことを少し改めて考えている。 自然な会話だったら、自分の好きな場所やもののことおしゃべりできるのに、誰かの言葉がトリガーになって「そうそう」って思い出すことがたくさんあるのに、いざ、自分で考えて並べようとすると全然出てこない。最近の自分は自分じゃないようで、ちょっとおかしい。能動的に「好き」ということを最近おざなりにしてたように思

あわいの春。

暗い夜道で香りが揺れた。私が絶対に買わないような色した花が部屋のあちこちに明かりを散らして、少しの間、不思議な気分。花びらを授かりすぎたラナンキュラスが、重たそうな顔をしてこちらを見ている。「出会いと別れ」フレーズが1年で一番流出するシーズンに、私にも小さな出会いと別れがありました。 別れを実感する時、誰かの涙を見て私はズルいから、必要とされていたことに安堵する。そしてまた、そんなセンチメンタルな気持ちも、桜の花びらとともに散ってしまう淡々とした世の常にもほっとする。どんな

残像採集。

春の夜、友人が突然恋に落ちた。 LINEの間抜けな通知音と一緒に彼女の言葉がぽろぽろとこぼれていく真夜中過ぎ、ひとりアパートにたたずむ彼女の姿を想像する。ああ、恋の始まりはあまりにも唐突すぎる。これだから恋は厄介なのだ。なんてことを考えながら、私もまたひとりアパートで彼女の気持ちに思いを馳せて悶えていた。 彼女の溢れ出た想いは、長いため息が出るような、それはそれはとても春に似合う恋だった。 年を重ねるごとに、大体の記憶は息をひそめるようにして、どこか彼方へ行ってしまう。

キリからの手紙。

お父さん、お母さん お久しぶりです。連絡無精なおかげで心配をかけておりますが、私は元気にやっています。 いつもいつも野垂れ死んでいないかどうか確認してくるけれど、私もあと2年で三十路ですし、健康で文化的で必要最低限の生活を営むくらいの生命力はどうにか持ち合わせているので大丈夫です。それに新しい職場の上司と毎日を過ごしていると、人生どうとでも楽しく生きていけるような気がしてならないので、どうぞご心配なく。 我が家の苗字は確か加賀百万石の時代が由来でしたよね。偶然にも、私の

僕は勉強ができない。

オランダ通りを愛車のマウンテンバイクで駆け抜けながら、かっこいい自転車といえばマウンテンバイクと思い込んでいた8年前の無知な学生時代を思い出した。ロードバイクには勿論のことママチャリにまで抜かされていく私の自転車が、今になってオランダ通りの石畳を力強く走ってくれる最高の相棒になってくれるなんて。 私は今、弁当を作って、豚足を作って、モノを売ることをなりわいとしている。それは人生で初めての試み。いつも心の隅っこで、自分の感覚を頼りにしながら仕事も生活もごっちゃにして楽しく暮ら

おばあちゃんがぼけた。

「翔子(私)が結婚するて!」おばあちゃんは私の両親へそんな電話をかけてきたらしい。父からの長い着信を無視していたら、おばあちゃんがぼけたとのメールが入った。どこからつっこめばいいのかわからず、電話をかけ直そうとしたら私の携帯電話は何故かぶっ壊れていて通話ができなくなっていた。 ああ、面倒くさい。作業する手が止まって、そのまま私もフリーズした。 ついにこっちのおばあちゃんもぼけた。あっちのおばあちゃんはすでに施設へ入っている。女の人はぼけやすいのだろうか。私は両方のおばあち

恐怖の池田。

中国自動車道の池田インターチェンジを降りる時、「池田」とつぶやくと大阪人の両親に「池田ちゃう。いー、けー、だっ!」といつも訂正されていた。そのおかげで、大阪の人はイントネーションを命の次に大事にしていると思っているので、口に出すのも命がけだ。センター試験でやったinterestingのイントネーション問題くらい、毎回同じところで悩んでしまう池田。それなのに、昨日ほど「池田」に難儀した日はなかった。 池田にあるギャラリーに個展を観に行くために私はひとりで大阪へ向かった。大工の

sakanaがあらわれた!

西脇さんのイラスト展も今週が最後で、クロージングイベントのsakanaライブが今週の日曜日とせまり、私も口ずさみながら体を揺して日々を過ごすくらいに、sakanaは私の日常に馴染んできている。 そういえば昨日から私の世界は梅雨入りしてます。きっと大体の人もそうですね。雨の日は雨の日なりの楽しみというか情趣があって、そんな気分の時に思い出して口ずさむ曲はどこかちょっと切ない。 実は毎日の帰り道で口ずさんじゃっているのだけれど、雨の日に思い出したい曲をsakanaで見つけてし

うちゅうの目。

世の中がいくら混乱していても、私の日常は相変わらず続いている。平和ボケした日本の、おだやか過ぎると話題の岡山の隅っこで暮らす私の界隈では、毎日加賀さんが「やべーわ」と呟きR−1を買いに行っては「腸から元気出していこう!」と変な気合いを入れているし、さっちゃんは恋もしてないのに(多分)「ドキドキするー!」と謎の動悸とほてりを訴える。やべーわ、さすが先輩たちは疲れの出し方も私とは年季が違う。 そんな平均年齢高めなヒバリ照ラスにも、ついにテスト帰りの高校生が立ち寄るようになった。

寝ても覚めても。

例えば、恋にでも落ちてしまったら、その人のことが頭から離れなくなってしまって、ある日交わした少しだけの連絡を頼りにして日々を過ごす。会えない時間に会った時の準備をしながら過ごして、あーあ、頭が彼でいっぱいになっていることが嫌だな。おあいこじゃないと嫌だ。なんてことを思いながら、仕事終わりや休みの日に街の中を山ほど歩いて過ごしてみて、偶然を期待する自分に「だーかーらー!」とツッコミを入れたくなる。 寝ても覚めても、その人が浮かんでは日常に作用する。しまいには現実と夢の境界線す