見出し画像

いさぎよい飯。

「きり選手、次の予定に向けて順調に自転車を漕いでいます。」
「まあ、このままいくとお昼はドウマエかnid sandで甘いものを買って済ませるつもりでしょうね~。」
「あ!止まりました!どうしたんでしょうか、急に自転車の漕ぐ足が完全に止まりました。」
「これはいけませんね。午後に間に合うのかな~。」
「何か考え事をしているようです。あ、走り出しました。と思ったらすごいスピードです!」
「あれは伝家の宝刀“立ち漕ぎ”ですね。相当急いで、何か思い立ったようだ。」
「さすが!野性的な出で立ちが印象的です。春の兆しを感じる3月、お昼ごはん選手権盛り上がってきてまいりました!この春注目のきり選手、どうやら作戦変更のようですね。解説さんは、この様子どうお考えですか?」
「そうですね。おそらく、パンじゃない、と気づいたんでしょうね~。となると白飯かな?とすると、これは家に向かっている。作る気でいるのでしょう。まあ、彼女のよくあるパターンですよ。」
「なるほど、欲望に忠実ですね。しかし間に合うのでしょうか。あ、西大寺商店街へ入りました。通行人に気をつけてほしいところです。再び自転車が止まりました!フレッシュワンで何か買うようです。」
「卵と納豆、あれは中粒ですね。卵もいいものを選んでいる。さすが農家の娘、白飯を引き立てる作戦でしょう。そんな時に華美なおかずは必要ありませんからね。」
「それにしても早い!もうレジに並んで小銭を数えています。あ、自転車に乗りました。しかしきり選手、ここでスピードダウンです。レジ袋の卵パックを気にして慎重になっています。」
「問題ないでしょう。彼女は圧力鍋でごはんを炊きますからね。10分もあればいける。」
「次の待ち合わせは13時。残り45分です。ここできり選手、自宅に到着です。出たー!二段飛ばかし。階段が早い!」
「相変わらずですね。妹さんにも気持ち悪いと罵られているのに、やめられないんですかね。」
「玄関が開きました!手を洗ってコートを脱ぎ捨て、ついに白米に手をかけました!早い!しかし、水が飛び散っています!」
「基本的に雑ですからね。」
「さっそく圧力鍋を火にかけて、ここで出てきたのはキャベツです。おおっと、千切りを始めました。」
「彼女は小さな頃から千切りキャベツをぽん酢とマヨネーズで食べるのが好きなんですね。おそらくそれでしょう。今日は気温が高いから、全体的にさっぱりとした完成を目指しているようですね。」
「どうりで慣れた手つきです。あ、圧力鍋の火力を弱めました。早くもフィニッシュに近い様子です!そして次に取り出したのは長ネギ、しかも2本、軽快に小口切りです。」
「おお~、さっぱりいきますね~。彼女は薬味づかいが上手い。」
「あ、圧力鍋の火を止めました。解説さん、きり選手はどうして圧力鍋を使うのでしょうか。」
「下手に安い炊飯器を買うより、美味しくふっくらつやつやと炊ける。そして何より早い。これが彼女の持論です。一人暮らしにこそ、圧力鍋です。」
「ここで、ああ、なんときり選手、どんぶりだ、どんぶりを取り出している!これはちょっと食べ過ぎではないでしょうか!」
「いや、納豆と卵を混ぜることを想定したサイズなんでしょう。ほら、ごはん盛り始めましたね。あ、と思ったら大盛りにしている。いけない、これは食べ過ぎです。」
「あ~!さらに納豆は2パック!混ぜずに直接いれた!なんていさぎよいんでしょうか!!」
「見た目は気にしてほしいところですね。」
「軽くほぐして、あ、いつの間にかくぼみが出来上がっています。そこに卵をいれた!うまい!」
「テクニックが光りますね。ほう、今日は卵を崩している。混ざるか混ざらないかをせめぎ合っている。」
「そして、なんと醤油!添付のだしじょうゆは使わず、1周、2周、なんと3周しました!あ、先ほどのネギを、がっと掴んで、がっと入れた!大量だ!いさぎよい!なんていさぎよいんだ!きり選手!」
「この醤油がシンプルを引き立てるんですね。ぼんやりした丼の中を、"きっ"と引き締める。」
「納豆ご飯が完成したようです!あ、千切りキャベツに、やはりぽん酢とマヨネーズをかけています!」
「このぽん酢は実家の柚子を使った自家製です。彼女の料理における最大の特徴は、貧乏の英知を結集させている。限られた資源でいかに美味しく食事を楽しむか。そこに尽きるんですよね。」
「貧乏の英知!幼少期の体験がきり選手のインスピレーションを掻き立てているわけですね!お茶を湯のみに注いで、ついにお昼ごはんが完成しました!あ、きり選手、早速食べています!豪快に混ぜていますね~。」
「それにしても、見てごらんなさい。彼女の幸せそうな顔。炊き立ての白飯を心の底から欲していたのでしょう。いい顔をしている。」
「あ、きり選手、白飯を3口残すことも忘れていません。そして…美味しくフィニッシュです!」
「いや~、今回は彼女のいさぎよさを見せつけられましたね~。」
「あ、と思ったら、きり選手おかわりしようとしている!と思ったら、しゃもじで白飯をすくって、そのまま口にいれた~!こら、悪い子!なんて悪い子なんでしょう!」
「全国のお母さんが泣きますね。」
「いや~、ドキドキさせられましたが、今日のお昼ごはん選手権もよい戦いを見せてもらいました。最後に玄関を出てきたきり選手にヒーローインタビューです!」
「今日もまた最高傑作を更新しました!小さなこだわりを組み合わせていくと、いさぎよい飯にも奥行きが生まれるんです。いい気分です!お腹いっぱいです!では、私これから次の予定に向かいますので!」

― the end

2017年03月06日

「サウダーヂな夜」という変わったカフェバーで創刊された「週刊私自身」がいつの間にか私の代名詞。岡山でひっそりといつも自分のことばかり書いてます。