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詩集 幻人録

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2020年10月の記事一覧

裸の賢者は夢のなか

裸の賢者は夢のなか

こんな時間に目が覚めてしまった

夜とは違う

眼が眩むほどにまぶしい世界

太陽の暑さに羽毛が邪魔だと初めて感じた

鹿やキツツキがハツラツと生を全うしている

私は知識だけは誰にも負けないと

世の理の傍観者だと自負してきた

しかし

それは夜の世界の小さな森の中だけの話

私はとんだ世間知らずと自分を恥じた

逃げも隠れもできない

見通しのいい白昼の木の上

ホー

ホー

私は仲間を起

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擦れ合うたび膨れ上がれば

例えば苔生す小川のせせらぎに

葡萄酒を流し込んだら

それはもう清らかな小川の姿ではなくなってしまう

優しく吹きつけるそよ風に

煙草の煙を流したら

それはただの有害な排気ガスと同じだ

それでは葡萄酒が揺らぐ希薄なグラスに

小川の水を混ぜ込んだら

彼女は怒って席を立つだろう

あの人の煙草の匂いがふと街で香った瞬間

そよ風が吹きつけたら

あの人の足跡はもう姿を消して無くなってしまう

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私論陽

私は歩みを止めた

辞めた訳ではない

猛然と走り抜けると

人々の暮らしの

真っ直ぐな音も

そっと咲く歴史の色も

なにも感じず通り過ぎてしまうから

他者には遅れはとるだろう

それでも感じでおきたいことがある

今ここで

止まらなければ

私の目は正面しか見えない仕組みになる

住んでる街をもう一度ゆっくり見回したい

猫やスズメの目線で歩いてみたい

そう思うと

今まで見過ごしてき

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ぬるい炎

ぬるい炎

燃え盛る炎の輪は

私の仕事場

これを跳び潜ると

拍手が飛び交う

高揚するのは跳び潜る一瞬でも

拍手を浴びる時でも無い

私の出番のほんの前

舞台袖から見えてくる

空中を舞い落ちる

彼女のショーを見る時だ

それは天女の様に神々しく

悪魔の様に妖艶だ

私という存在をもっと彼女に知ってもらいたい

その一心でステージへと向かい

タテガミを揺らし

炎の輪を潜る

見てくれ

王者

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土の海に張る氷

土の海に張る氷

もぐらはいくら爪を立てても

地面は硬く

アスファルトの下まではどうしても帰れない

少し前までは見渡せば柔らかい土が広がり

掘っても

掘っても

私の世界が待っていた

土の中で産まれ

暗闇で育った私は

地底で暮らす家族に

この先ずっと逢えないのだろうか

地上に来てからは

美しい絵画と珈琲

ジャズにシネマと

時間を忘れて酔いしれた

もぐらの私は知らなくてよかった世界

地底

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羽を隠した孔雀のダンス

赤い紅を差し

まつ毛をあげる

鏡に映るのは

涙を乗り越えた私

今夜のパーティーは

みなが私の魅力に気付く

大事な夜

新しいドレスはタイトな黒を選んだの

私の顔がより目立つように

もちろんバックにはあなたの知らない香りを付けたわ

ホワイトムスクじゃ

またあなたに捕まってしまうもの

グラスのシャンパンを飲み干して

空のグラスに映った人と

今夜はゆっくり話したいの

だから見

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夜間急襲

暗く大きな国道に流れる
激しい車のライトの群れは
眼を光らせた虎のそれ

ここで生活を始めてからは
山にいた頃より体力がついた

果実やバッタを
食べる回数が減ったのは確かだったが

私はここで生きていくと決めた

星が見えなくたって
木々の擦れ合う声が鼓膜を揺らさなくたって

この硬く渇いた地面で私はなにかを見出したい

人間にはそれなりに気をつけよう
私の顔の真ん中に真っ直ぐに入る白い線をみた

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それは振り向くと消える亡霊の様に

吐き出した息は白く
それだけで容易に心が踊った

ザクザクと踏み散らす霜柱の上で
高揚した声は一瞬にして屋根まで弾んだ

氷柱は折っては剣となり
氷の騎士として悠然と私を強くした

降り続く白雪の景色の中には
無駄な音などなく
人の気配もない

私一人の銀世界

幼き頃の銀世界

「私はつい
 幼少の私に逢いたくなった」

しかし

あの頃の冬の神は

今はきっと違う神

あの頃の冬の私は

今は

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沼地の牛はただそっと

沼地の牛はただそっと

沼地を歩く大きな牛は

歩みを止めると

四肢に浸る冷たい沼に冷やされ

風邪を拗らせ倒れてしまう

歩けども

歩けども

暗い沼地に光は見えぬ

重たい泥水に脚をとられてはもう体力はない

大きな牛は唸り声を出しては

蛙達を驚かせた

どこまでも続く広い沼を越えれば

忙しくも穏やかな生活が待っている筈だ

沼地でこのまま倒れてたまるかと

ゆっくり歩みを進めてる

それはそれはゆっくりと

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純声

湧き上がる声と

眩しすぎる太陽

敵は垂れた汗を拭うと

軽く頷いた

大きくゆっくり両腕を振り上げる瞬間

ふっと力を抜き

反動をつけた

そこからは一瞬

私に向かって放たれた迫りくる想いを

私が声の待つ方へ弾け飛ばせるかどうか

音は止まり

振り抜いた私の想いが空を切った音がした

身体は捻れ地に膝をついた

敵の想いは私の背後までしっかりと届いたのだ

湧き上がる声と

眩しすぎる

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イカロスはすぐに忘れる

揺れた気球が落ちてくる

オレンジ色がゆらゆらと

本当はどっしりと落ちてくる

揺れは私の勘違い

私は澄んだ空に魅入られ

上をずっと向いたまま

頭の中の血が廻る

くらくら揺れる

オレンジは

私の元に落ちてくる

迎えに来たなら

乗り込んで

私もゆらゆら浮遊したい

海中に夢を濃紺に

くだらない想いなど魚の餌にしてしまえばいい

きっと濃紺の深海を映し出したような眼をした派手な魚が釣れるから

そいつには蛇の頭が噛みついていて

魚を抱えた私の右腕は
蛇の毒で麻痺してしまうだろう

しかしその魚の派手で甘美な美しい模様に私の心は取り憑かれ

蛇の毒で右手が無くなっても構わないと一瞬のうちに陶酔した

ああ
もっと私の中に積もる積雪の様な
くだらない想いを海の深くに沈めてしまいた

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赤纏

家に鬼が住んでいる

家族が暮らす居間の真ん中で

堂々と皆の眼を睨んでいる

私は母の胎内からこいつに睨みつけられていた

盆に帰省した際

鬼と裏庭で口論になり裏庭の青々しい木々と共に鬼を燃やした

修羅の叫びが小さな集落に轟いた

これで我が家に穏やかな陽が昇る

そう願い自室に戻り仰向けになった

まだ息は荒く

落ち着かせるのに時間をかけた

そんな頃

畳の隙間から爛れた赤い手が私を羽

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壊機光

荒々しい怒りは膨れ上がり破裂するものだと
ずっと思ってまいりました

暴発した機関銃ほど無邪気な悪意はこの世にないと
しっかり目を背けてまいりました

しかし私も端な人間

気がつけば膨れ上がった怒りはただただ爆撃に備えるだけの特攻隊になっておりました

私はこのまま炸裂し
健気なこの小さな家々を燃やすただの輩になって
飛び回っております

そんな私に
海は
風は
森林は
動物は
母は
何も言わず

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