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詩集 幻人録

322
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2020年9月の記事一覧

妖艶果樹

踏み込んだ意識のなかはとても果実の中とは
思えないほど硬く冷たい部屋だった

外の皮は橙に艶めいていて、争いの大半の火種となっている

果実の中は象の足のように硬いとも知らず

この木になる果実全てが私達を惑わす
火薬庫だと思うと
私の意識は果実のなかに飛び込んだことを
後悔し朽ちた

それを見た天空の子供は使命を忘れ
隠れんぼに興じた

そのせいで雲が動かなくなると
太陽が満遍なく大地を照らさな

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黙鱗

砂浜からは鑑賞できない遠い岩場までは誰も行けない
そこに人魚が住んでいるのはこの町に産まれたときからみな知っている

幾人もの探究者が岩場を目標に船を漕いだが

一人残らず途中の水面で命の波紋が止まっていった

空を飛べる探究者は濃霧に頭を抱え込んだ

みな人魚にあったらなんて言うのか

私には検討がつかなかった

岩場からみるこちら側は自由な憎しみを持て余しているとでも思っているのだろう

それ

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昼鷹

ダムの底を覗き込んだ

緑色の大きなドブは

私の生活を支えている

文明とはなんて素晴らしいのか

それは犠牲を差し出しても次の彫刻を掘り進めるからだ

その犠牲は無駄ではないと彫刻家達は口をそろえるが

泪が一粒でもそのダム底に沈んでいるのならば

私はその水を飲もうとは思わない

もし塞き止められない花火の様な感情が

水中に咲き乱れるのであれば

私は鷹になって傍観する人食いになろう

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詠まない本の栞

風船は私の人間的肉眼ではもうとらえきれない

高さまで飛んでいった

少女が離した手はとても寂しそうで

中指と薬指がそのことでケンカをしている

少女はそのことをとても嫌がっていたが

躊躇もなく母の頭の中のことを考え

ケンカしている右手を背後に隠した

それでも少女の笑みで母が疎ましく思ってはいけないと私は余計な心配をした

母の心声ひとつで変わる少女の人生の枝葉のことは

私には関係のない

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雪南瓜

私の背中から首筋にかけて流れる血脈に

無理やり誰かが野菜の種を植え付けてきたのは

もう何年も前のはなし

私はなんの絵画とも似つかない不安を

自室の壁に飾って過ごしてきました

ある冬

殴り裂かれた私の身体に農薬を撒かれて

泪がでました

はじめてみる冬の南瓜の蔓は

首の中から頭にむかって伸び進み

つむじから頭を破り実りました

農薬散布からほんの一瞬のことです

手脚は震え

掻き

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湿気の箱

ここは湿り気のある埃で鼻が痒くなる部屋

長方形に長く

入り口はその長方形の短い辺にある

そこから辺の奥を見ることは

なにが詰まっているかもわからない箱の山や

腐った使い物にもならない箪笥が邪魔をして困難だ

それよりも私の目の前にぶら下がる祖父の身体が

なにより一番の邪魔をしている

埃でつい瞬きが多くなるが

何度眼を閉じても

祖父はそこをどいてはくれない

私は湿気のある季節でよ

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夜傷

巡る夜は泪を隠し

ただただ私に想いをよせる

私はずっと太陽が嘘をついていることを

知っていたので

大きな声で巡る星々の痛みを

俯いた青年に大きな声で伝えた

あとは青年に任せて

私は踊ろう

他人の火

だれからも文句を言われる亀は

頭を隠しずっと考えていた

じっとしているようで

じっとしていない

炎を消すには己の頭を外界に出し

息を吹きつけるのではない

誰かが来るのをまつのみだと

孤雨

私の上には屋根がある

雨には濡れずにいるけれど

あいつの上には屋根がない

シャツが濡れて嫌いになってた

そいつの隣ではきれいな赤い傘をさし

男が女の肩を抱く

子供を迎えにきた母親の車に入るほんの一瞬

女の子は雨に触れた

私の上には屋根がある

傘も車もないのけれど

止めば人の森に紛れるさ

浸水の

巡る夜は涙を隠し

打ち寄せる水群の音だけを私にくれた

それは小さな箱庭の浜辺に

神が泪を落としているようだ

私は幾重に繋がる水中線の下に

暴れる海豚の拳をみた

拳のだす気泡は水面にはばれたが

泡ぶくは夜があけるまで

誰にも気づかれないだろう

捻れ

顔が右に歪み、舌をつっぱりだす

私の顔は世を嘲笑っているかの様にみえているのか

そう思うと言葉でしかわかり合えぬ我々はとても下等な生き物だと感じる

それではさよなら

もう逢うことのないひと

私は海馬が小さいため刹那の記憶は灰になる

しかし、私の右に歪んだ異形な顔をあなたは忘れることは出来ないだろう

舌をつっぱりだしたとき、私はいつも閻魔を呪う

舌を抜くのは泥で濁った水たまりに落ちた

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いも

痰が喉に詰まって食事の時間も長くなる

ある日は夕日が焦げるまで朝食を食べていた

喉に詰まったいもは褒美から罰に変わって逆行していく

みかねた妻はいつも言う

薄い味付けは痰と相性がいいからすぐに胃に落ちる

気がつけばいもは小石の様に胃の奥で溜まっていた

私はよろこび、眠りについた

ひっこし

月には私の小さな家を建てる

星には私の大きな家を建てる

ほらみたことか

月にはたくさんの友達がひっこしてきて

星は私だけの楽園になった

小石

神社の小石を持ち帰った男は、陽が呆れてもいつも歌う

謡い続けて疲れて眠るが、夢のなかでもまだ歌う

今朝も妻の焼いた魚は歌っていたので冷めていた

どこかの誰かの願いが詰まり、破裂するから歌になる

男はいつも神に祈るが、相手にされずにじゃりせん投げる

小石に住う魍魎はもう満足しているだろう

この男が生きているかぎり