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与えてもらってばっかりになってないですか?
最近梨泰院クラスを友人に勧められて
徹夜して、二日で見ちゃったやんです。
梨泰院クラスの二話くらいで
主人公のお父さんが亡くなった時に
主人公が泣きながら言ったセリフで
「いつも与えられてばかりだ。。。」
と言うシーンがあります。
正しいセリフではないかも知れませんが、
すごく心に残るシーンでした。
なので、自分の親が死ぬ時に同じ言葉は
言いたくないと決意しました。
急に話が逸れてしまいましたが、
ここで質問です。
あなたは与えてもらってばっかりになってないですか?
僕は与えられた分が与えた分を超えないように
常に心掛けています。
こんな話をするのも、
親友のきっくんが僕のことを記事にしてくれました。
彼の誕生日の出来事です。
正直彼にはとても感謝してもしきれないものをもらっています。
これは無形のものも含めて、色んな言葉をもらっています。
その感謝も含めて誕生日の企画を考えた時のことを書いてくれています。
詳しくは、最後に記事のURLを貼っておくので見に行って欲しい。
彼のGiveは控えめに言ってとても素敵だ
ちなみにこれ以外にも本などを数回プレゼントしてもらったこともある。
損得勘定が一切ないGiveは、どんどんそのGiveの輪というものが広がっていくと思っている。僕もプレゼントのお返しももちろんしたし、その予算のなかで、やんは僕の彼女にもプレゼントを買ってくれたので、彼女もHappyです。やんの友人のお店で食事をしたい!という提案を僕がしたので、その友人もお店の売り上げになるので好影響が出ております。
やんのGiveだけで最低でも3人の人間に好影響が出ております。
そしてその好影響がさらに広がると考えると、ねずみ算式に広がっていく。
自分がしてもらったことってどんどんバトンを回していくと
どんどん好循環になっていくんですよね!
(中略)損得勘定がないGiveをする側は、Giveするだけで幸せな気持ちになる、
受け取った側は、それだけで嬉しいし、再びGiveの気持ちが込み上げてきて、Giveの派生がされていく。
Giveをスタートして、そのGiveの連鎖が続けばみんないい気持ちです。
一部を引用させてもらうと、
とても嬉しいことを書いてくれていました。
そして与えた側が、実は与えてもらっていることに
ついても書いていてくれていました。
..............この一文この世の中の真理ってやつに
気づいちゃった人は多いのではないでしょうか。
かのイエス・キリストは言いました。
「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。」
すみかさんがいつかのnoteで
同じようなことを書いていたと
思うのですが、これが真理です。
まず、与える側に立つとわかることがあります。
与えているが、与えられていることもある
ということに気づくと思います。
そして、与えている人は回り回って
自分に還ってきます。
その結果、結局一番与えられてる人は
誰でしょうか?
与える人なんですよね。
(図解は後々勉強します。。。。)
図が伝わりにくいかも知れませんが、
与えないと与えられないように
できているんですよ。
そして、もう一つ覚えておいて欲しいのが
与えられるのは有形のものだけではない
ということです。
ここまで読んでくれた方は、
明日から、いや今日から
与える人になってくると思います。
その循環が、いつか僕に回ってくることを
心待ちにしております。
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今日は、
「与えてもらってばっかりになってないですか?」
を書かせて頂きました!
今日の記事は、きっくんのこの記事を見て
自分が誉め殺しにあったので、
ウズウズして書かせて頂きました。
彼の言葉は、スッと僕の中に入ってきます。
そして、時に自分に対して耳の痛いことも言ってくれる親友です。
実は、このnoteを本格的に始めたのも
彼がきっかけだったりします。
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ほんじゃあまた明日お会いしましょう!!
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