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2024年4月2日 「生きづらい明治社会ーー不安と競争の時代」感想


岩波ジュニア新書、著松沢裕作、「生きづらい明治社会ーー不安と競争の時代」を、Audibleで聴き終わったので、その感想です。
先に、アガサ・クリスティを聴き終えており、その感想も書くべきなのですが、この本の衝撃が大きかったので、こちらを先に書きました。
皆さん、お暇ならぜひ、読みましょう!
もしくは聴きましょう。
3時間22分、Audibleとしてはかなり短い部類です。何を聞こうか迷われた時は、ぜひこちらの本をお聴きください。


予想外の名著


アガサ・クリスティばっかりもなぁ…と思って、適当に選んだ本が、こちらでした。指が適当に当たった本と言っても間違いではありません。それくらい適当に選んだのです。

しかし、「はじめに」を聞いて、「すごい本を引き当ててしまった!」と思いました。
正直な語り口に、歴史書と思えないヒキと言いますか、ぐっと掴まれる冒頭、「これはすごい本!!」と思って聞き始めるとあっという間に終わってしまいました。
これは名著です…。
岩波ジュニア新書ということですから、子ども向け、若者向けに書かれたゆえにこれほど、わかりやすく書かれているのでしょう。
しかし、
疲れた頭の大人にも非常にわかりやすいのです。
他にも著作がないか検索したくなったほどです。
しかし、他の著作は大人向けでしょうから、この本ほどわかりやすくはあるまい…と思って、オンラインでの即買いはやめておきました。本屋で中身を読んでみて買うことにします。
とはいえ、
「本当に賢い人は、丁寧でわかりやすく平易な文章を書ける」ということが、これでまた証明されてしまいました。
柔らかく平易なのに、説得力がある文章です。
変な動画を見て「明治時代っていいよね!」といっていそうな、陰謀論にハマりがちな懐古厨、中年世代以降、シニアも読むべき著作です。

表紙を変えてあげて…


しかし気になったことがひとつ!
表紙についてはもう少し、この内容のクレバーさにあったものにした方が売れたのではと思います。
サムネイルで見ると、ちょっとばかり、ケレン味が強すぎるような…。
すごく面白い本なので、その面白さがもっと伝わる現代的な表紙でも良かったのではないでしょうか。
アニメ絵が似合うとかそういうことではないのです。しかし、もう少し若者が手に取りやすいデザインがあるような気がします。

昔に戻ればうまく行くのか


明治って、江戸同様に、美化されている時代だと思うのです。
「ちょんまげと着物の江戸時代から、無血で文明開花して、うまくやれた日本人すげー」みたいな、ざっくりとした認識ありませんか?
というか、自分自身がそういう認識だったのです。この本を読み終えると自分の認識がいかに甘かったのかがわかりました。
死体の山として現れなかったとしても、先のわからぬ明治時代を、不安のなか駆け抜けて死んでいった名も知れぬ国民(特に女性や子ども)がたくさんいたわけです。
そのことをなかったことにしてはいけない、と思いました。
人間はちっぽけなので、すぐ自分を偉人側に置きたくなりますが、名前が残る人間はほんのひと握り、しかもほとんどが男性で、良い家柄となれば、自分がそこに入れるかは推して知るべしです。
今の自分だって、歴史に名を残すような人間ではありません。
とはいえ、明治時代ならば、その辺の家の女が、高等教育は受けられなかったでしょうし、海外旅行の経験もなかったでしょうし、何より、好きな仕事で生計を立てることはあり得なかったことでしょう。
最近、「古き良き時代へ戻ろう」というような運動、流れがありますが、
残念ながら自分の性別と家柄では古き時代へ戻ったところでいいことは何もありはしないのかも知れない…ということをこの本を読んで改めて感じました。
個人的には、時間を遡ることなく、人間の良心ある進歩の方に賛同していきたいと思います。
夢見る懐古主義は過去を懐かしみます。それは、そこに戻れば、自分も優遇される側だ、と信じているからです。
本当にそうなのでしょうか?
もしそうだとして、そしてそれは「あなたの力」なのでしょうか?
「あなたの属性」を優遇する社会システムのおかげではなくて?
そういったことを読みながら考えさせられました。

明治時代と現在の対比


「明治は遠くなりにけり」な令和ですが、著者は読者に理解を促すべく、巧みに、明治時代と現在の状況を対比します。
「素晴らしき明治」がどのような時代であったかということを、美しいイメージではなく、さまざまな資料をもとに、もう少し、リアリティを持って理解できるようにしてくれるのです。
この辺りがとても、親切な構成です。身近で聞いたことがある現代のニュース、現代の社会問題と、明治時代の社会問題を対比することで、我々の思い込みが自壊して行くのです。
「京極堂の憑き物落としに近いものがあるなぁ」と感じてしまいました。
著者の声高な主張に押されてではなく、
著者がわかりやすく、提示する資料を自分なりに理解していくうちに、
思い込みが瓦解していく、恐ろしさと爽快感があります。
そもそも世界史を選択したこともあって、日本史に疎く、そういう意味でも、自分がかなりざっくりとした知識しか持っていないことにも気付かされました。
加えて、自分は近代史の解像度が低かったです。
「戦争に勝ったら政府は儲かるのだろう」くらいの理解であり、そういう意味でも、日清戦争・日露戦争があった明治時代はイケイケだと思っていたのです。
そもそもここからして、間違っていたと思います。
正しい知識が必要ですね。

自己責任論と通俗道徳


この本の白眉は、明治時代を現代と比べながら、再考するという点だけではありません。
現在もまかり通る自己責任論が、第二次世界大戦後にできたものではなく、そもそも明治時代、さらには江戸時代末期からその萌芽があったことを示します。
安丸良夫がいう、「通俗道徳」については、非常に興味深い概念だと思いました。
詳しくはぜひ、この本を読んで欲しいのですが、
通俗道徳とは「人が人生で失敗したり貧困に陥ったりするのは、その人の努力が足りないからだ」とする考え方です。
この考え方故に、自己責任論が当たり前の論理となってくるわけです。
そして、それは今も、続いているのです。
自分も自己責任論にしっかり浸かっていること、「頑張らない人に怒りを感じやすいこと」に気づき、ハッとさせられました。
著者も言っている「普通の人が、必死に頑張らないでもなんとか生きていける」世界、そういうのが実現するべきであって、
「頑張っている人が頑張らない人を追い詰めるのが正義」になるのは危険な傾向なのでは…と感じました。

「女性」の取り扱い


第6章は女性を取り扱っています。
これは目次も読まず、聞いていたので、ひどく驚きました。
明治時代がテーマの本で、女性の問題を正面きって取り上げるとは思ってもみなかったのです。
自分の中にあるバイアスを強く感じました。
しかも軽く扱われがちな、娼妓、女工、農家の女性を取り上げて、「女性のモノ化」や非正規雇用について書かれています。
「明治時代の華やかなイメージの影でどこに皺寄せがいったのか、それは女性である」という論です。
娼妓にしろ、女工にしろ、農家の女性にしろ、
自分の考えでそういう働き方になったわけではなく、家というものののためにそういう働き方になったのではないかという指摘が、
著者のような高学歴の男性から出たということに少し驚きました。
この章については、色々な意見もあるだろうと思いつつ、
若者向けの本でこの章があること、誤魔化さずにそれを取り上げていることに
著者の研究者としての真摯な姿勢を感じました。
文系の研究は理解ほどスポットライトが当たりにくいですが、
それらの研究にも、確かに意味があり、長い目で見ると世界を変える一助となるのです、きっと。
研究者の方々に、エールを送りたいです。

他の著書も読んでみる予定

非常にに面白い本だったので、著者、松沢裕作さんの他の著書(Audibleには他にないようなので、紙の本)も購入を検討します。
ぜひ、Audibleに加入している方には聞いて欲しい本です。
Audibleにはこういう出会いがあるのが素晴らしいですね。


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千歳緑/code
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