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【読書ノート】3「美麗島まで」与那原恵

私はごくまれに本屋で 「一目惚れ」することがある。これは初めて見る本だが何か特別な感情に突き動かされて、「この本は良いに違いない、絶対に読むべきだ」と何の根拠も無く感 じてしまうことである。私は読書の速度も速くなく有閑階級に属しているわけでもないので、膨大な時間とお金と手間を最小限に抑えるために何か本を読む際に はある程度吟味してから読むに値すると思ったものだけを読むように心がけている(つもりである)。しかし「一目惚れ」本はこの例外で、「美麗島まで」は私 にとっての最新の「一目惚れ」本だった。私はこの著者のことを全く知らなかったし、この本も文庫本の再販だったが今まで見聞きしたことがなかった。しかし 表紙の美しい写真と台湾・沖縄の近代史などに引きつけられ、私の中の「読むべきリスト」に一瞬で加えられた。

「美麗 島」とは台湾のことである。著者の祖父は沖縄人の医師で祖母も沖縄人の女優であり、彼らが当時日本の植民地であった台湾に移住していた時に著者の母親が生 まれた。祖母は若くして亡くなったが、父と娘は敗戦まで台湾に住み続けその後沖縄に戻った。著者は東京育ちのため沖縄や台湾のことは両親からの話以外は何 も知らない。そのため著者は自分のルーツ探しのために沖縄・台湾を旅することに決める。

戦前の沖縄と台湾の歴史を丁寧に再現しながら、祖父と両親、そして画家である叔父の歩んだ軌跡を辿っていく中で、森鴎外や藤 田嗣治、火野葦平などの著名な文化人たちとの交友の記録も現れ非常に興味をそそる。日清戦争後に日本の領土となった台湾の民生長官に赴任した後藤新平は、 辣腕を奮い様々な政策で台湾の植民地化を安定させ、日本の独占資本による砂糖の産業化を成功させる。しかしその影響で土地を失った台湾人たちが農業のため に石垣島に移り住み、そこで大きなコミュニティを形成していく歴史は大変興味深い。また戦後の一時期に沖縄で米軍の物資を横流しして与那国を中継点として 台湾と密貿易が盛んに行われ、与那国が大いに賑わった話などは初めて知った。(これについては調べたら「ナツコ 沖縄密貿易の女王」というノンフィクション作品があり、著者があとがきを書いている。読みたい。)

本著は植民地政策下の台湾や中国やアメリカとの戦争など激動の時代に翻弄されながらも、常に」沖縄人としての誇りを保ちながら生 きた祖父母と両親と叔父の姿が生き生きと伝わって来る素晴らしいノンフィクションだと思う。また著者も書いているように当時としては珍しく良好な状態で保 存されていた祖父母・両親の写真もどれもとても美しく目を引く。著者は最初は何の手かがりもなくルーツ探しを始めたが、取材の過程で祖父母や両親を良く知 る人々や関係者に何度も運よくめぐり合うことになる。しかしこれは偶然ではなくやはり導かれたものであろう。「若き日の祖父や母の後ろ姿を追いかけて始めた旅だったが、そこにはさまざまなひとたちの時間、そして交錯する歴史があった。ひとの一生には不思議な偶然が重なっているとも思えるし、また、ひとは会うべきひとに出会っているものだとも思える。(p314)」という著者の最後の言葉は非常に印象的である。

(2011年1月3日)


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