『レッドチーム・イノベーション――戦略的異論で競争に勝つ』
担当編集者が語る!注目翻訳書 第16回
『レッドチーム・イノベーション――戦略的異論で競争に勝つ』
著:ブライス・G・ホフマン 訳:濱野大道
早川書房 2018年9月出版
「原稿が届かない! 締切をとっくに過ぎているのに」
どんな仕事にも、計画があります。そして計画は、前提に基づくものです。「締切までに原稿が届く」という前提で計画が進んでいるわけですから、その前提が崩れると困ってしまいます。一方、書く側にも計画があります。この原稿を書いている私がそうなのですが、「週末にやろう」という計画がありました。ところが「頼りになる週末の自分」という前提は、どの週末においてもアテになりませんでした(平身低頭)。
あるいは、なにかを決断するときに、こんなふうに考えたことはありませんか? 「以前に成功した」「ずっとこのやり方で通してきた」から「今度もうまくいく」という前提で、同じやり方を続ける考え方です。もちろん、先行例を参考にすることは一概に悪いこととは言えません。でも、前と同じやり方が次もうまくいくわけではないし、急速に変化する世界では過去の手法がいつまでも通用するとも限りません。
あらゆる計画、決断を左右する重要なものであるにもかかわらず、前提は、希望的観測や思い込みでしかないことがしばしばあります。
そんな前提を徹底的に見直す思考プロセスが、今回ご紹介する「レッドチーム」です。アメリカ陸軍で開発・発展されたこの思考プロセスをビジネス向けに体系化したのが『レッドチーム・イノベーション――戦略的異論で競争に勝つ』です。
著者のブライス・G・ホフマン氏は、アメリカの著作家であり経営コンサルタント。ほかの経営コンサルタントと違うところは徹底した取材にあります。実は、彼は20年以上にわたり自動車やIT産業を追うジャーナリストとして活動し、数々の賞に輝く経歴の持ち主です。
レッドチームの有効性に気づいた著者は、陸軍に連絡し、訓練プログラムに申し込みます。はじめは断られたものの、ジャーナリスト根性で何度も食い下がり、政府や軍関係者以外の人間としては初めて、このコースを最初から最後まで受講したそうです。
レッドチームは、もともと戦場での「想定外の事態」をなくすために生まれた、ある思考に特化したチームです。それは徹底的な反対思考。限られた時間・資源・情報のなかで、根拠薄弱な前提や見過ごされた前提を潰すべく、すべての計画・決断を疑問視し、異論・反証を加え、より確かなものにしていくのです。
その名の通り、本来は組織内に「レッドチーム」という特別なチームを設けるものですが、編集した人間として思うのは、この手法は個人の仕事にとっても役に立つということです。ここでは、今日から使える「個人技としてのレッドチーム」を取り上げます。
「前提」は「希望的観測」にすぎない
ここで問題にする「前提」とはどういうものでしょうか? あらゆる「前提」を疑えばいいのでしょうか? でも「明日も世界は存在する」という前提まで疑っていては、ビジネスどころではありません。
注意すべきは、まちがった前提のもとに話を進めることです。さらに危険なのは、前提を確実なものと認識していたり、そもそも前提だと認識できていないケースです。計画が失敗するのは、「未確認の前提」に基づいているからだといいます。
前提は、さまざまなバイアスや思い込みに影響を受けています。たとえば、肯定的な結果が出ると、私たちはその決定が正しかったと仮定しがちです(結果バイアス)。また、すでに信じていることを支持する情報や、すでに下した決断を補強する情報を信じやすい(確証バイアス)うえ、全体的な情報を無視し、その代わりに具体的ではあるもののさほど重要ではないデータに焦点を合わせようとする傾向(基準率錯誤)もあります。また、変化を好まないという現状維持バイアスにも影響を受けているでしょう。こうした心理学や行動経済学の研究成果について、本書では一章を割いてコンパクトにまとめています。
さて、著者によれば、「前提」と「事実」を区別することが大切です。
「事実」は、その時点で客観的に正しく、どんな議論や反論にも揺らがないものです。一方、「前提」は、正しいのかもしれないけれども、その正しさがまだ証明できていないことです。多くの人が「将来そうなるだろう」と信じていることや、「こうあってほしい」というものは事実ではないのです。往々にして人が語る「前提」は、「希望的観測」にすぎないとまで著者はいいます。
たとえば、ある会社の工場に毎月25,000個の製品を追加生産する能力があるというとき、それは「事実」です。その会社の工場が新製品生産のための需要に容易に対応できるだろうと説明するとき、それは「前提」なのです。また、ある企業の上半期の売上高が50億円を記録した場合、それは「事実」です。そして下半期の売上高が50億円を見込めるだろうと語るときには、それは「前提」です。
あやふやな前提を見直す3つのステップ
著者の説明はひじょうにクリアですが、実際の行動を考えたときにはどうでしょう? あやふやな前提を見直し、計画どおりに仕事を進めるにはどうすればいいのでしょうか?
ここでレッドチームの出番です。「主要前提チェック」を紹介します。
まずは、計画を成り立たせる前提を書き出します。思いつくかぎりたくさん挙げます。目的や理由、方法や効果、能力などについて、さまざまな部署の同僚に聞いたりしてリストアップします。本書に登場するランニング・シューズの新シリーズの発売計画を見てみましょう。
・現在の市場に、ランニング・シューズの新シリーズ発売のための余地がある。
・ランニング・シューズの需要は現状を維持する。あるいは、計画によって予想されるペースで増える。
・消費者は新シリーズを好意的に受け止める。
・会社の既存のランニング・シューズのラインアップの需要に対して新シリーズが与える影響は、計画で予想されたレベルを超えない。
・新シリーズの需要に見合うだけの製造能力がある。
・新シリーズに適したマーケティング計画がある。
・小売店は新シリーズ発売の意図を理解し、商品を仕入れてくれる。
・新シリーズの価格設定は、コストをカバーしつつ充分な利益を上げるために妥当である。
消費者や製造、流通、さまざまな点にわたっています。これでも完全なリストではないとのことですが、見落とされがちな前提がどんなものなのかがつかめると思います(ぜひご自身の業界を例に考えてみてください)。
次は、調査と確認のステップです。たくさん挙げた前提を絞っていきます。それぞれの前提について調べ、その前提が計画立案に必要なものであることを確かめます。不要なものは削りましょう。
今回の例だと、「健康志向の強い消費者にとって、ランニングは人気のスポーツでありつづける」というのはおそらく不必要な前提です。より大幅な戦略見直しのときにこの前提をチェックすることは有益だとしても、この商品の販売計画の一環として疑問視することに大きな価値はないだろうといいます。
話は逸れますが、大幅な戦略の見直しを迫る例として、レンタルDVD最大手だったものの現在は経営破綻したブロックバスターと、今まさに勢いに乗るNetflixが登場します。ブロックバスターは、延滞金を収入とするビジネスモデルでした。その前提として「消費者が延滞金を支払いつづける」と考えていたところ、消費者がいかに延滞金を憎んでいたかに気付けなかったといいます(消費者や競合他社の分析方法も本書には記されています)。
最後に、前提を検証するためのチェックリストです。必要な前提に絞れたら、つぎの質問を投げかけてみましょう。
1 論理的か?
2 正確か?
3 先入観やバイアスに基づいていないか?
4 歴史的類推に基づいているか? 基づいている場合、関連性はあるか?
5 何が起きれば、この前提が「事実」に変わるか?
6 この前提が事実だと証明されることに対して、計画者はどれくらいの自信があるか?
7 前提が事実だと証明されたら、それはあらゆる状況下でも通用するものか?
8 前提が事実だと証明されなかったら、計画にどのような影響を与えるか?
たとえば「市場に新シリーズのための余地がある」「既存シューズの需要に対して新シリーズが与える影響は、計画で予想されたレベルを超えない」という前提は、正確なデータによる裏付けがあるかを確認する必要がありそうです。
また、「消費者は新シリーズを好意的に受け止める」「小売店は新シリーズ発売の意図を理解し、商品を仕入れてくれる」にも要注意。往々にして、情報に精通した人は、そうでない人の視点から問題を考えることができません。先入観ではないか、過去の例を鵜呑みにしすぎていないかをチェックしましょう。
チェックの結果、根拠が弱かったり、計画に支障を来したりする前提があったら、弱点を補うための案を考えておきたいところ。あるいは、まちがいだとわかったときのための対応策を練っておくことを著者は勧めています。そのどちらもできないという場合には、計画そのものを見直す必要があるかもしれません。
著者によると、注目すべき前提は、まちがっている可能性が高く、かつ実際にまちがっていたときに計画に大きな影響を与えるものです。
また、こうした前提は、実行中の計画の進捗をモニターするための指標にもなります。前提がまちがっていなかったかどうか確かめることによって、ただ運がいいだけなのか、計画が本当にうまく進んでいるのかを見きわめることができるのだといいます。
個人レベルで「レッドチーム」の思考を取り入れよう
本書で語られるのは、前提のチェックの仕方だけではありません。常識破りのアイデアのつくり方、組織が気づいていない驚異や商機の見つけ方、未来予測の立て方など、多岐にわたります。
その効果については、著者と付き合いのある、DBJ投資アドバイザリー株式会社代表取締役社長の村上寛氏が日本語版序文で力強く語っています。村上氏は、本書の説く「徹底的な反対思考」は、「忖度(そんたく)」が得意な日本人のカルチャーに合わないものだからこそ、価値があるに違いない、という書き方をしています。
実際のところ、社内にレッドチームを設けることはすぐには難しいと思う方もいるかもしれません。でも、くり返しになりますが、本書は、個人にとっても有益な思考ツールを提供します。まずは個人技としてのレッドチームをご活用いただけたらうれしいです。
執筆者:窪木竜也(早川書房 第1編集部)
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