35年以上の時を超えて~なぜ世代を超えて読み継がれているのか?『失敗の本質』読みどころ紹介
スタートアップ経営は未知なる領域を開拓する醍醐味がある一方、その道のりは決して平坦ではなく、数々の苦難や失敗を乗り越えなければならない場面も少なくありません。
そんなスタートアップ経営者をはじめ、組織を束ねるリーダーたちに読み継がれている名著が、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』。1984年に発刊されて以来、今なお読まれているロングセラーです。第二次世界大戦の日本軍が体験した「失敗」から、今を生きる私たちが学べるエッセンスを、今回は紐解いてみたいと思います。
日本軍という組織の失敗から、現代の組織に通じる教訓を抽出
本書は組織論研究者の野中郁次郎氏や寺本義也氏ら計6名が、第二次世界大戦における日本の敗北を組織論から分析したものです。
冒頭の「本書のねらい」に書かれているように、この本は「日本がなぜ大東亜戦争に突入したのかを問うもの」ではなく、「大東亜戦争における諸作戦の失敗を、組織としての日本軍の失敗ととらえ直し、これを現代の組織にとっての教訓、あるいは反面教師として活用すること」を一番の目的に掲げています。単なる歴史の研究にとどまらず、現代の組織にも通じる普遍的な学びにつなげることを目指している点がこの本のユニークさであり、世代を超えて読み継がれている理由ではないかと思います。
本書の構成は、第1章で6つの敗戦(ノモンハン事件/ミッドウェー作戦/ガダルカナル作戦/インパール作戦/レイテ海戦/沖縄戦)を事例として取り上げ、それぞれの失敗の詳細を克明に描き、第2章で6つの敗戦に共通する失敗の要因をあぶり出し、第3章で現代の組織にも参考になりうる失敗の教訓を提示しています。
普遍的な「失敗」にフォーカスした本ではあるものの、第二次世界大戦にまつわる膨大な資料をもとに歴史を紐解き、軍事的な専門用語や固有名詞も多いので、戦史に関する予備知識がないと難しく感じる部分があるのは事実です。
そこで本記事では、現代の日本の組織でも起こりうる「失敗の要因」を鋭く指摘した第2章について、ポイントを絞って紹介したいと思います。
戦略上/組織上の失敗要因分析で、失敗の本質を導き出す
第2章では、6つのケーススタディから抽出した失敗の本質を、「戦略上の失敗要因分析」と、「組織上の失敗要因分析」に分けて、それぞれ複数の論点を展開しています。ここでは、それぞれの失敗要因から特に印象的だったものを2つずつ抜粋して紹介します。
戦略上の失敗要因①あいまいな戦略目的
ソ連と国境線をめぐって争ったノモンハン事件では、中央組織である大本営から現地の関東軍に「明確な戦略ないし作戦目的」を指示しなかった結果、「関東軍の独断専行」が行われたことを失敗の要因に挙げています。そして、「目的のあいまいな作戦は、必ず失敗する。それは軍隊という大規模組織を明確な方向性を欠いたまま指揮し、行動させることになるからである」と説いています。
ミッドウェー作戦とレイテ海戦の2つの海戦では、「目的が複数あり、そのため兵力が分散されるような状況」を作ってしまったこと自体が敗戦の条件になると指摘しています。
このように、組織全体として統一すべき目的や価値観があいまいな状態にもかかわらず、現地部隊の「自主性」や「自由裁量性」に任せきりになってしまった結果、個別の局面での判断ミスやリソースの分散が起きてしまい、敗北という大きな失敗を招いてしまったのです。
もちろん、組織を活性化させるためには各人や各チーム単位での自主性や自由裁量性も非常に大切です。しかし、全体で目指す方向性やゴールが明確でない状態で個別に行動しても、その場しのぎの対応になってしまったり、施策がバラバラになってしまったりして、組織としての力を十分に発揮することはできないでしょう。
戦略上の失敗要因②空気の支配
ビルマの防衛を目指して英印軍と戦ったインパール作戦は危険な賭けであり、組織内からも数々の反対意見が出たにもかかわらず、作戦のイニシアチブを取っていた軍司令官の「必勝の信念」に押され、「もはや何をいっても無理だというムード(空気)につつまれてしまった」ことが失敗の要因でした。その結果、「上級司令部も次々に組織内の融和と調和を優先」するようになり、作戦に反対していた大本営の参謀本部作戦部長も最終的には「人情論」に屈してしまいました。この作戦が莫大な犠牲を生み、当初の目的であったビルマ防衛も果たせなかった「惨憺たる失敗」に終わったことは言うまでもありません。
このような「空気」は、6つのケーススタディの随所で発生し、「科学的な数字や情報、合理的な論理に基づく議論がまったくされていないというわけではない」にしろ、「理性的判断が情緒的、精神的判断に途を譲ってしまった」ケースも少なくなかったようです。
著者は、インパール作戦で日本軍と戦った英国軍司令官の「日本軍の欠陥は、作戦計画がかりに誤っていた場合に、これをただちに立て直す心構えがまったくなかったことである」という言葉を引用し、その要因に「組織のなかに論理的な議論ができる制度と風土がなかったこと」を挙げています。
組織上の失敗要因①人的ネットワーク偏重の組織構造
ノモンハンやガダルカナル、インパールといった諸作戦における意思決定は、「組織メンバー間の“間柄”に対する配慮」が、「組織目標と目標達成手段の合理的、体系的な形成・選択」よりも重視されていたことを著者は指摘します。
中央の統師部と関東軍の首脳部との関係性、陸軍と海軍との関係性、司令官同士の関係性、こういった関係性の中で保身やその場しのぎの協調といった政治的な忖度や配慮が行われ、合理的な判断ができないケースや、意思決定に時間がかかってしまうケースが起きていたのです。
著者は、日本軍の組織構造を「組織とメンバーとの共生を志向するために、人間と人間との間の関係(対人関係)それ自体が最も価値あるものとされるという“日本的集団主義”」であると述べ、それが「作戦展開・集結の意思決定を決定的に遅らせることによって重大な失敗をもたらすことがあった」と、組織構造上の問題点に言及しています。。
一方、「米軍の作戦速度の速さは決定的」で、それは単に物的・人的資源の面で日本軍よりも優位性があっただけでなく、「作戦の策定、準備、実施の各段階において迅速で効果的な意思決定が下されたという組織的特性」も大きな要因だと述べています。
例えば、「有能な者の能力をフルに発揮させる」「同じポストにおいてその知的エネルギーを枯渇させてしまってはならない」という目的とねらいのもと、指揮官や参謀を一定期間で交代させる人事システムを取り入れたり、海軍における昇格は少将までにとどめ、作戦に応じて中将や大将に任命し、任務完了と同時に少将に戻すという任命制度を採用したり。著者は米軍の組織構造を「すべてがシステムを中心に運営されるとともに、エリートの選別・評価を通じてそのシステムを活性化し、必要に応じて変更することができると言う意味での“ダイナミックな構造主義”」と呼び、これが迅速な意思決定や状況変化への柔軟な適応を可能にしたことを説いています。
組織上の失敗要因②学習を軽視した組織
6つのケーススタディを通して同じような失敗を繰り返してしまった日本軍には、「失敗の蓄積・伝播を組織的に行うリーダーシップもシステムも欠如していた」と著者は述べ、「物事を科学的、客観的に見るという基本姿勢」も、「組織学習にとって不可欠な情報の共有システム」も欠けていたと手厳しく評価します。
そのような組織が生まれた背景について、著者は士官学校や陸軍大学等の「教育」にヒントを求めます。日本軍の教育そのものは「外国軍隊と比べてけっして劣っていなかった」ため、日本は「明治以降の急速な工業化」や「西欧の列強と並ぶ地位」の獲得に成功したと言います。一方、日本軍は日清・日露戦争の成功体験から得られた学びに固執し、「与えられた目的を最も有効に遂行しうる方法をいかにして既存の手段群から選択するかという点に教育の重点が置かれ」るようになり、「目的や目標自体を想像したり、変革することはほとんど求められなかったし、また許容もされなかった」と、目的や目標そのものを主体的に考える学習プロセスが希薄になってしまったことを問題点に挙げていました。
失敗の本質と向き合うことが、変革のチャンス
ここまで第二次世界大戦における日本軍の失敗要因を計4つ取り上げてみましたが、日本軍を「日本企業」、大戦を「ビジネス」に置き換えてみると、「現代の組織」のストーリーとしても十分に成立する部分があるのではないでしょうか。
■組織全体で統一すべき目的や価値観があいまいな状態で、各チームや個人の裁量に任せきりになってしまう。
■場の空気や人情が合理的判断よりも優先される。
■人間関係の中で保身や対面を気にしたり、政治的な忖度が行われ、意思決定の精度やスピードが落ちてしまう。
■目的や目標自体の創造や再検討、環境変化に合わせた自己変革ができず、すでに用意された「模範解答」を選びがち。
実際に、このような課題に直面している組織は決して少なくないように思います。本書は「日本的企業組織も、新たな環境変化に対応するために、自己革新能力を創造できるかどうかが問われているのである」という一文で締めくくられていますが、35年以上前に書かれたこの言葉は、まさに新たな環境変化への対応が求められる今の時代にも響くものがあり、同時に私たちが「失敗の本質」を克服するのは簡単なことではないのだとも痛感させられます。
また、本書では組織としての「目的」や「目標」を定めることの重要性が繰り返し説かれていますが、今のビジネスの世界に当てはめて考えると、市場の「課題」とは何かをしっかりと捉えた上で、それを解決するための目的・目標を定めることが大切ではないかと思います。
ビジネス書はサクセスストーリーや成功哲学を学べるものが多いからこそ、あえて失敗から学び、組織が陥りやすい「失敗の本質」と向き合う機会を与えてくれる本書は貴重な存在だと思いました。組織を束ねる経営者やリーダーが愛読書に選ぶのも納得です。
本書では、各ケーススタディの失敗に至るまでの経緯や背景、そして失敗の本質に対する深い洞察や教訓が書かれています。詳しく学びたい方はぜひ手に取ってみてください。