シチリアのお父さんがくれたオリーブオイル
怒られるのは、好きじゃない。
ましてや、旅先で怒られるというのは、そうそうあることでもないと思う。
まぶしすぎる太陽と、緑色に光ったオリーブオイル。
お父さんのパスタに、沈黙の食事。
シチリアのことを思い出すたびに、そんな記憶があふれてくる。
***
十年ほど前の暑い夏、シチリア島を旅した。
南イタリアを回りたいという夫と私を、友人のナンドが遊びにおいでと誘ってくれた。普段、彼の一家はミラノ近郊に住んでいるが、毎年夏の間だけ、以前住んでいたシチリアの家に戻って、家や庭の管理をしているとのことだった。その家に一緒に泊まったらいいよと言ってくれた。
エトナ山麓にある、ニコロージという小さな町。
ローマから一日電車に揺られて、ようやくカターニアの駅に着くころには、日もかたむいていた。駅にはナンドが迎えに来てくれていて、家に着くと、ナンドの家族が温かく迎えいれてくれた。
ナンドのお父さんと、ナンドの妹、そして妹の彼氏(ふたりは今、結婚している!)。
ナンドとは日本の大学で知り合った。人がよく、賢く、やさしくて、皆から愛される、とてもバランスのいい青年だった。ナンドの家族だからと安心はしていたけれど、その自然体の思いやりや温かさは想像以上のものだった。
簡単にあいさつを済ませたあと、ここに寝たらいいよと案内されたのは、お母さんの部屋だった。
長い闘病の末、数年前、天に召されたというお母さん。
簡素だけど、大事なものだけが残された部屋だった。
全面に赤い花の刺繍がほどこされた、手づくりのベッドカバー。
マリア像。燭台。家族の写真。使いこまれた鏡台。
姿はなくても、この家族のぬくもりを育んだ、お母さんの存在を感じた。
それから数日間、昼間はお父さん以外の5人でシチリア島の観光に出かけ、夕方、家に帰ると、お父さんが夕食の用意をして待っていてくれるという、ありえないほど、ありがたい日々だった。
***
2日目の夜のこと。
その日は道が混んでいて、帰りが予定より少し遅くなった。お父さんは、私たちが帰ってきたタイミングで、夕食の仕上げにとりかかってくれた。
ボウルに刻んだバジルとオリーブオイルを合わせて、ゆでたパスタをさっとからませ、白いお皿に盛りつける。オリーブオイルは、庭になった実をとって、お父さんがしぼって作ったものだった。
テーブルの上にはほかにも、生ハムやオリーブの実、ナスの焼いたものが並んでいた。キッチン台には、ベリーケーキまで焼いてある。
「いただきます!」
炎天下のなか歩き回って、お腹は完全に空っぽの状態。
パスタをひとくち食べると、バジルとオリーブの青く新鮮な香りが、ふわりと口から鼻へ抜けていく。
パスタのゆで加減も、絶妙だ。
ああ、これは、おいしい。
シンプルを極めた味だった。
目をつむり、おいしさをかみしめていたら、突然、
「ウエーィトォッ!!」
と、お父さんの大きな声が食卓に響いた。
ハッとしてお父さんを見ると、眉間にしわを寄せ、とても厳しい顔をしていた。
それを見たナンドたちは、苦笑いをしている。
わたしと夫だけがぽかんと口を開けていた。
ナンドがため息をつきながら、
「お父さん、そんなこと言わないでいいじゃないか。お客さんなんだから」らしきことを、イタリア語で伝えていた。
お父さんの視線の先にあったのは、隣にすわった夫の手だった。
テーブルの上の大皿の、オリーブの実と生ハムを取ろうと伸びた、その手。
お父さんはどうやら、「出されたパスタを食べ終える前に、オリーブや生ハムを食べてはいけない。まずはパスタを味わいなさい」と、怒ったのだった。
出された料理を、一番おいしいタイミングで食べる。
少なくともナンドの家では、これがとても大切なルールだったのだ。
何も知らない私たちは、お父さんとナンドたちの顔を行ったり来たり、ただきょろきょろと見た。
フォークにオリーブをのせたままの夫に、ナンドや妹が
「気にしないで食べて! 好きな時に食べていいんだから」
と、促す。
お父さんは不機嫌そうな顔で、それを見ている。
いや、食べづらい。
気まずい空気が食卓に流れる。
郷に入りては郷に従え。
その後、夫は「まずはパスタをいただきます」と言って、オリーブの実を皿に置き、パスタを食べはじめた。
それからしばらく、みんなで黙々とパスタを食べた。
ただただ、静かに、味わって。
気まずい空気のなかで食べるごはんは、往々にして、美味しさも半減してしまいそうだけど、お父さんのパスタは、やっぱりものすごく美味しかった。
そして食事の後は何ごともなかったかのように、和やかに談笑しながら手作りのベリーケーキをいただいた。
***
数日間お世話になりっぱなしだった。
みんなでいろんな話をして、たくさん笑った。
だから別れ際は、本当の家族と離れるみたいに胸がギュッとしめつけられて困った。出発直前、お父さんが「今年のだよ」と、にこりと微笑んで、ペットボトルに入ったオリーブオイルを手渡してくれた。ボトルの口は、道中漏れないようにと、テープでグルグル巻きにしてくれていた。
***
数年後、ナンドは結婚した奥さんとともに日本に遊びに来てくれた。
その時、結婚祝いのお返しにと、蝶番の素敵な木箱をくれた。結婚式の引き出物だったというその箱の表には、新郎新婦の可愛いイラストが焼き付けられていて、そしてその箱の中身はやっぱり、お父さんお手製のオリーブオイルだった。
丸いフラスコのような形をしたおしゃれなボトルに入れられた、手づくりのオリーブオイルは、結婚を祝福するかのようにキラキラと輝いていた。
イタリア料理に必ずと言っていいほど使う、オリーブオイル。
イタリアの人にとって、少なくともナンドの家族にとって、食べることは生きることに直結していて、そこにはオリーブオイルが欠かせないのだ。
そう思った。
***
2年前、お父さんが亡くなったと、ナンドから連絡がきた。
目を閉じて、お父さんの姿をまぶたの裏に浮かべる。
哀しみに襲われながらも、あの日の会話を思い返すうちにじわじわと、胸があたたかくなっていた。
それからわたしは、十年近く前、お父さんにもらったペットボトルをごそごそとキッチンの奥から引っぱりだした。どうしても使うことができずに、しまい込んでいたのだ。
オリーブオイルは鮮やかな若草色のまま、変わらずキラキラと光っていた。
あの時、怒ってくれたことで教わったこと。
食に対して、人生に対して、妥協しないこと。
料理への敬意。
何より、夫と私を家族の一員のように扱ってくれたこと。
今でもよく、夫とあの日の食事のことを思い出しては笑い合い、お父さんの、シチリアの太陽みたいなあたたかさを、ぽかぽかと浴びている。