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フィクション

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ショートショートや超短編小説集。
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少し、楽しいはなし

少し、楽しいはなし

 薔薇を敷き詰めたクイーンサイズのベッドを見下ろしていると、いかにも自分は人生において”勝っている”男だと感じられた。
あとはすずらんがシャワーを浴び終えてこの部屋まで戻って来るのを待つだけだ。
薔薇のベッドに腰掛け、悠然とすずらんを待つこの時間こそ、人生において僕の自己肯定感が到達しうる臨界地点のようにさえ感じる。
もはや、これ以上何を望めばいいのか分からない。
有り余る余裕が恍惚に変わり、舌に

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Shiohigari 序

Shiohigari 序

 ウェットティッシュを一枚取り、PCのモニター画面を拭こうと右手を伸ばしたら、ぬかるぬ泥道に靴が沈むようにモニターにめり込み、手首まで飲まれたまま抜けなくなった。
この世界ではよくあることだが、毎度ながらイラつく。反射的に派手に舌打ちをしてしまう。
「あのー、またですか。この前のアプデ以来バグばっかりですよ」思わず吐き出す言葉に怒気が滲む。
タラは寝ているのか。返答がない。つくづく二流の野郎だ。死

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暇なのでベーグルを食べます

暇なのでベーグルを食べます

 縁側に腰かけて庭に足を投げる紫陽花に声をかけたが、返答がない。
「うん」も「へぇ」も「ふん」もない。
昨晩の軽い口喧嘩が尾を引いている。
太陽は俺達のちょうど頭上を通過する途中で、まるで巨峰の房のように連なる厚い雲を追い払おうと、精いっぱいの光を空に流している。

 いつもそう、紫陽花は簡単にへそを曲げてしまう。
俺だってお前にそっぽを向けたい日もあるんだよ。 
紫陽花の背中にそんな言葉を投げか

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楽しいはなし

楽しいはなし

 薔薇を敷き詰めたクイーンサイズのベッドを見下ろしていると、いかにも自分は人生において”勝っている”男だと感じられた。
あとはすずらんがシャワーを浴び終えてこの部屋まで戻って来るのを待つだけだ。

薔薇をセットするのに20分ほど要した。これまでの統計から、彼女のシャワータイムはおよそ25分と相場を導き出すことはできている。
普段であればもうすぐ上がってくるだろうが、今回はなんせゴールドコーストのビ

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11月の雨

11月の雨

溢れたあなたの涙を集めるのは
そこに綺麗な菫が咲くから
僕はそれをステンドグラスの花瓶に生けよう

遠くのやまびこに耳を澄ますのは
あなたの声かと期待してしまうから
自分の声と気づくまでは

大通りでふと振り返るのは
あなたに似たひとを見たから
そのひとは行ってしまった

11月の雨に濡れているのは
心臓から溢れる血を海へ流すため
12月の雨になってあの街を濡らすだろう

記憶の中のあなたの手を握

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すみれ

すみれ

 意志の弱い僕はこの日も帰り道に煙草を買う。吸い慣れたラッキーストライクのライト。
家に帰り、熱いコーヒーを入れて、ライターで煙草に火を点ける。
コーヒーはインスタントだし、ライターはコンビニで買った130円の使い捨て。

 持ち主に似て彼らもまた安っぽいレプリカント(量産品)だ。
しかし彼らには役割がある。少なくとも僕にとっては必要なものだ。
誰の役にも立てない僕とは違う。僕は僕の役にも立てない

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