少し_楽しいはなし

少し、楽しいはなし

 薔薇を敷き詰めたクイーンサイズのベッドを見下ろしていると、いかにも自分は人生において”勝っている”男だと感じられた。
あとはすずらんがシャワーを浴び終えてこの部屋まで戻って来るのを待つだけだ。
薔薇のベッドに腰掛け、悠然とすずらんを待つこの時間こそ、人生において僕の自己肯定感が到達しうる臨界地点のようにさえ感じる。
もはや、これ以上何を望めばいいのか分からない。
有り余る余裕が恍惚に変わり、舌に甘い感覚を覚えた。
空想の中で、絶え間なく垂れてくる乳と蜂蜜を舌を出して受け止め、じっくり口内で嘗め回して味わった。

 婉容なすずらんを初めて抱きしめたあの夜、きっと俺はナナケトルと契約を交わしたのだろうと思う。
長いまつげをぱっと開いて真珠の瞳を俺に向けるすずらんを、俺は聖槍により貫くことで、愛を証明してみせた。

 さぁ、すずらん、もう準備はできている。
あとは君がタオルで髪をこすりながらこの部屋のドアを開けるだけだ。
そうしてくれるだけど、この完璧な空間の最後のピースが揃うんだ。
濡れた髪をそっと撫でて、湯上りの火照った身体を抱きしめて愛を囁いてやろう。
俺の愛撫が欲しいんだろ。シャワールームで一人ヨガッテルの、知ってんだぞ。

しかし、待てどもすずらんが来ない。

すずらんが来ない。
すずらんが来ない。
すずらんが来ない。
すずらんが来ない。
すずらんが来ない。
すずらんが来ない。

シャワーってそんなに時間がかかるのか。
そこまで念入りに身体は洗わなくていい。
石鹸が切れているのか。このスイートルームで?
友達のInstagramでも見てるのか。どうせバカみたいなモンしか載ってないだろ。
一人ヨガリに夢中なのか。二人ヨガリのがいいだろ、常識的に考えて。
はしゃいでバスタブで泳いでるのか。
わざわざゴールドコーストまで来てんだぞ。海でオヨギャいいだろが。

 2日後のチェックアウトの時刻まで、一睡もせず飲まず食わずで待ち続けたが、すずらんはこの部屋に帰ってこなかった。
このまま待ち続けようかと思ったが、明後日にはバイトがあるし、そうすると明日の夜には日本の家に帰っておく必要があることを考えれば、ベッドから腰を上げるほかなかった。

ベッドからいささか乾いた薔薇の花弁を片の手のひらに収まる分掴み上げ、頭の上から振りかけた。
頭と肩に薔薇を散らしたまま、俺は一人で飛行機に乗り込み日本へ帰った。
悲しくはなかった。ただこれからもかつて来た日々を繰り返すだけだと分かっていたから。
すずらんは来ない。

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