読書感想文 荒木飛呂彦の漫画術/荒木飛呂彦
漫画には「王道」すなわち「黄金の道」がある! それは荒木飛呂彦が漫画を描いていった中で発見していったものだが、しかし実は、その以前から、ずっと昔から創作の世界に「黄金の道」は存在していた!
漫画を描くのであれば、漫画の王道を知り、その「黄金の道」を歩もうという意識を持つべきである! なぜならその黄金の道を発見しない限り、漫画を描いて生きていくなんて、とてもじゃないができないからだ!
「黄金の道」は迷ったときに見るような地図のようなものかも知れない。未知の山を登るとき、人は地図を準備する。また登山の知識や多くの道具を用意するべきだろう。漫画だって同じだ。地図も基本的な知識も携えず挑戦しようとしたら、むやみに歩き回ることになり、無駄な回り道を繰り返すことになる。偶然、頂上を発見できるかも知れないけど、その確立はごく低いだろう。遭難して、それきり断念してしまう人も多いだろう。だからこそ、地図は絶対に必要だ!
そのために、本書でまさにその地図と呼ぶべきものを示そう! 後に続く人に道を作るつもりで書かれたのが、この本であるからだ!
漫画の基本四大構造!
漫画を描くときに、まず頭に入れるべきこと。それは漫画の「基本四大構造」と呼ぶべき図式だ。
① キャラクター
② ストーリー
③ 世界観
④ テーマ
以上の4つは、それぞれ独立するのではなく、互いに深く影響を及ぼし合っている。そして、これらの要素を増補し、統括しているのが「絵」という最強ツールで、それを台詞という「言葉」で補っていくことになる。
読者の目に見えているのは絵のみであるが、その絵の奥には「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」がそれぞれ繋がりあって存在している。この構造は、いわば一つの世界の営み、宇宙といえるのである。
キャラクターの作り方!
漫画の「基本四大構造」の中でも、キャラクターはもっとも強力な要素だ。これがクリティカルであれば、それだけで成立してしまう。極端な話、キャラクターさえよければ、ストーリーも世界観も必要ない。それくらいキャラクターは重要だ。
ここでクイズだ。
「まっすぐな心を持っていて、普通でへこたれるような状況でも明るく乗り越えて、正義感があり、友達思いで、武道の達人。必殺技は“かめはめ波”」といえば誰?
答えは『ドラゴンボール』の孫悟空だ。ここで間違える人はいないだろう。
次のクイズだ。
「仕事はさぼりがちで、趣味ばかり追い求めているけど、ストレートな集中力があり、一生懸命のめり込む、東京下町のおまわりさん」といえば誰?
答えは『こち亀』の両津勘吉。やはり間違える人はいないだろう。
当たり前だろ、と思われるかも知れないがそれが重要だ。もしも上のようなヒントを出されて「うーん、あのキャラかな、あのキャラかな……」と迷うようであれば、それはいいキャラクターではない。「○○」といえば、間違いなくあのキャラクターだ。そう言えるキャラクターが、強いキャラクターであるといえる。
ここでもしも、「明るい少年で、友達思いで、ちょっとした困難にもへこたれず、キックボクシングをやっていて、必殺技は“光線蹴り”」というような、ほぼ孫悟空と同じ特徴を備えたキャラクターを作ったとしよう。読者はそのキャラクターに魅力を感じることはない。読者は敏感に「二番煎じだ」と勘づくからだ。
明快な動機を作れ!
次に重要なのは、キャラクターの「動機」である。主人公は何をしたいのか。その行動の動機をはっきり描かないと、キャラクターは完成しているとはいえない。これが設定されていないと、読者はキャラクターに共感しないからだ。
『ドラゴンボール』の場合だと、「どんどん強くなりたい」というシンプルでわかりやすい動機があった。この強くなりたいという動機を、「なんのために強くなりたいのか?」「強くなって何をしたいのか?」という形で深めていく。だからこそ読者は主人公と共に一喜一憂できるわけである。
動機とは、読者の共感や興味を得られるものではなければならない。読者は「この主人公は一体どうなるんだろう」「何をする人なんだろう」と気になってもらえれば、いい動機であるといえる。
気を付けたいことは、少年誌の場合、その動機が一般的倫理観に照らし合わせて好ましいものでなければならない。ここには社会性が絡んでくるし、年若い少年少女は「正しいこと」にこそ強く共感を持つ傾向にある。
NGであるのは、主人公が「卑怯」であること。「主人公が間抜け」であること。この二つは読者からの共感を得ることは絶対にできない。ここは強く注意しておきたい。
では読者が興味を持つ動機とはどういうものなのだろうか。具体的に列挙していこう。
身を守るため
愛する人を守るため
仕事、義務、愛国心
好奇心
復讐
欲望
生きる喜びのため
……他
と動機リストを作ってみるとわかるが、結局、人間が抱く欲望そのものが漫画を読むときの快楽になり得るのだということがわかる。
といってもそのものをストレートに書いてはならない。読者の共感を得るためには、自然な倫理観に則ったものである必要がある。たとえば「お金が欲しい」という動機に設定したとする。この動機に沿って「お金が欲しいから盗む」というお話を作る。これでは単なる泥棒でしかない。しかしここに「誰かを救うために仕方なく・必要だから」という設定を後ろに付ける。すると読者から共感が得られる動機に変わる。
「復讐」という動機も、これだけだと物騒だが、法律が裁いてくれない悪がいる……という設定があれば、復讐を実行する主人公達はヒーローになる。
ちなみに読者がもっとも共感する動機は「勇気」である。大きな敵に立ち向かっていく勇気。自身を犠牲にする勇気。例えば「子供を助けるか、友達を助けるか」こういう究極の選択を突きつけられた瞬間、主人公はいかにして乗り越えるか。ここで主人公が「覚悟」を示すと、読者は興味は最大まで振り切れる。
主人公の動機付けに関して、「一般倫理的に照らし合わせて好ましいものでなければならない」と書いたが、しかし人間は内面的に自覚あるなしに関わらず、醜い欲望を抱えているものである。しかしそれを主人公という立場でありていに描いてしまったら、読者はドン引きしてしまう。そういうときこそ、悪役の出番である。読者が内面的に抱えていて、しかし発揮できないでいる欲望を実現する者、それこそ悪役である。
そしてその悪役は、主人公と対比する存在であればより引き立つ。主人公の動機と、悪役の動機は同じ価値観に基づいているとより良くなる。
主人公は「孤独」であることが望ましい。昔からヒーローの条件は「孤独」であることだ。これはなぜなのか?
それはある問題が起きたときに、それを解決できるのが主人公しかいない、というシチュエーションを作る必要があるからだ。「別に主人公である必要はない」……という設定にしてしまうと、主人公の存在意義が薄くなる。また主人公でしか解決できない難題に挑戦する姿に、読者は感動する。
孤独であるが、芯に清らかなものを持ち続ける。ゆえにヒーローは美しい存在であり続けるのだ。
身上調査書を作れ!
キャラクターを作る時に、必ず身上調査書を作るようにしよう。ベースにあるのは「履歴書」だが、この履歴書をとことん細かくしたものが身上調査書だ。この身上調査書があれば「最初は運動が苦手の設定だったのに、戦っている間に急に機敏になってしまう」といった矛盾を事前に防ぐことができる。
身上調査書を作っていれば、キャラクターの細かな来歴がわかるようになり、絵にする場合でもイメージが作りやすくなる。
もしも事件が起きたとき、そのキャラクターだったらどのように考え、行動を起こすか……。こういった「キャラクターごとの思想、行動パターン」は身上調査書がしっかりできていれば、自ずとイメージが沸いてくる。
ちなみに荒木飛呂彦先生の作成している身上調査書には60の項目があり、キャラクターを作る場合、まずそれを埋める作業からはじめるという。
もしも書いている最中でイメージと違ってきた……という場合は身上調査書を書き換えることもある。最初に作り上げたイメージは絶対ではない。キャラクターへの理解が深まると、「こうじゃなかった」と気付くこともあるだろう。
登場人物が多くなると、マンネリにならないか……と思われそうだが、身上調査書があるから、マンネリに陥らずに済む。もしも身上調査書を無しで、自分の感性だけで書いていったらすぐにマンネリで行き詰まっていただろう。
連載の鍵はキャラクター!
荒木飛呂彦はデビュー作『武装ポーカー』を掲載したとき、編集者から「これでは連載できないね」と言われた。なぜだったのか?
連載に必要なのは、「魅力的なキャラクター」である。サスペンスはストーリーに重点が置かれ、キャラクターが弱くなりがちになってしまう。それだと、お話は面白くても読者は連載を追いかけてくれない。
そこから試行錯誤が始まる。
『魔少年ビーティー』の連載が始まるも、低人気でわずか3回で連載終了が決定してしまう。ところが、最終話である10話になるといきなり高評価。なぜだったのか?
それは最終話に登場してきた少年が主人公たちをどん底に陥れたからだ。そこからどうやって戦うか、で頭脳戦が繰り広げられた。『魔少年ビーティー』にはじめて「好敵手」が登場したことが、いきなり人気が上がった理由だと考えられた。
また、主人公が「初めて友人のために戦う」という動機を持った。ここから、主人公の動機が大切で、その動機が一般倫理に照らし合わせて望ましいものであると好感を持たれやすいということがわかった。
これがわかったうえで、ようやく「どういった漫画を描けば人気が出るか」の秘密がわかってきたという。
本の感想
はい、本書の感想はここまで。この続きや、もっと深い話は、実際の本を買って読め。買って損はしない。荒木飛呂彦先生が30年の画業の中でいかに苦闘し、いかにして「黄金の道」を発見したのか。それまでの経緯がわかるだけではなく、まさに秘伝のタレそのものが公開されている1冊だからだ。
私はこの本を読んでみて、「あ、そういうやり方があったのか」「もっと早く知っていればなぁ」と思うところがたくさんあった。
私は最近『空族の娘ラーニャ』という作品を書いて……1冊しか売れてないので誰も本編読んでないんだろうけどさ……この作品には主人公が乗る船、リヴァイアサン号だけでも50人のキャラクターが登場していた。本編に全員登場してこないけど、一人一人設定が付いていて、キャラ同士の関係性なんかも作られたりしていた。でも50人のキャラクターを一気に作るというのはそれはそれは大変で、やっぱりどうしても「似たようなキャラクター」が出てしまっていた……。
(本当の帆船には50人以上の船員が乗っているはず。さすがにそこまでリアルにしてしまうとコントロールが効かなくなるので、50人で止めた)
当然ながら、舞台は主人公達の乗るリヴァイアサン号だけではないんで、あの1作だけで果たして何人のキャラクターが登場したんだったかな……。私自身、あまりにも多すぎるキャラクターで把握しきれなくなって、キャラクターの名前とシンプルな来歴だけを書いた表を作ったくらいだったもの。
で、「キャラクターが似てしまう問題」を解消する方法が当時わからなかったから、この本を読んで「あ、このやり方があったのか」と「もっと早く知りたかった」と思ったわけだ。なるほど、身上調査書を作れば良かったんだ。
今回はキャラクターの作り方だけをピックアップして書いたけれど、この後には「ストーリーの作り方」「世界観の作り方」とお話が進んで行く。読んでいて、どれも「このやり方があったのか」「もっと早く知りたかった」と思うものばかり。ああしまったなぁ、この本を読んでから、小説を書きはじめればよかった……と本当に思った。この本を読まなかったことが失敗だったな、と思ったくらい。それくらいに良い本だったし、読むべき本だった。
もちろん、この手の「物語の作り方」や「漫画の描き方」の本は過去に何冊か読んできたけど、この本が一番クリティカルな秘伝が書かれていたかも知れない。それくらいの内容だった。もしも次の小説を書くときには、もう一回これ読んでおこうか……というくらいには。
そういうわけで、漫画・小説を書く人は、まずこの本を読め。優れた方法論や秘伝が一杯に書かれた一冊だ。多くの人にぜひ勧めたい一冊だ。
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